【Nagano snapshot】写真集『ナガノスナップショット Vol.1』


c0035245_17093683.jpg


2011年に東京から長野県に生活の拠点を移した。最初の3年間は東京に住居兼仕事場を持ちつつ、白樺湖近くの家と半々くらいの生活。2014年に東京を引き払って、仕事や用事がある時は信州から東京に通うスタイルになった。さらに今は、家庭の事情から同じ長野県内の浅間山麓に拠点を移している。

僕は仕事とは別に、純粋なライフワークとして東京を中心とした都市の街頭スナップを撮り続けている。大学3年の時に高校からの写真仲間たちと学生時代の集大成の合同展を開催、フリーになって間もない30代半ばで『Berlin + Tokyo』という写真集を出した。新聞社勤務時代や『Berlin + Tokyo』の後など、自分の作品を撮る余裕がない時代もあったけれど、ここ信州に来てからはマイペースで自分の作品を撮ることができていると思う。

それらの写真は、このブログで【Nagano snapshot】のカテゴリで継続的に掲載中だ。移住から7年が経ち、それをようやくKindle出版(電子版)と自主制作のフォトブック(紙版)という形でまとめてみた。それぞれAmazon kindleストアとpixivの販売サイト「BOOTH」で販売させてもらっている。




タイトルはブログのNagano snapshotからカタカナの『ナガノスナップショット』に。全3巻を予定していて、今回発行したのは第1巻・144ページ。収録写真は2011年〜2015年撮影分で、デジタルのカラー写真のみの収録となっている。2016年よりフィルムで白黒写真を再開したのだけど、その前の色々と試行錯誤している時代の作品だ。

『ナガノスナップショット Vol.1』前書き

c0035245_22131911.jpg


「ストリート・スナップ」から「カントリーサイド・スナップへ」
 
2011年の夏、長野県・白樺湖近くの別荘地に移住した。高校1年で写真を始め、その後新聞社の写真部を経てフリーカメラマン・ライターになったが、常に「自分の写真」として共にあったのは、街頭スナップだった。
 
アンリ・カルティエ・ブレッソンや木村伊兵衛を巨匠に戴く街頭スナップは 「ストリート・フォト」などとも呼ばれ、都会の雑踏で撮るのが王道だ。僕も、長年東京の街路を歩いてスナップしてきたし、海外でもベルリンという大都会を撮った。4カ国の首都で育った僕は、写真においても生来は都会っ子なのだ。  

同時に、常に自由人でありたいと思っていた僕は、都会のせせこましい生活環境や人間関係に辟易とし、田舎でのびのびと暮らしたいとも思っていた。とは言えさらに狭いムラ社会に入っていくのは本末転倒だ。「田舎暮らし」とは少し違う、住む場所と働く場所がフレキシブルな、インターネット時代の新しい生き方を実践している。  

ライフスタイルの変化と共に、ライフワークにも変化が必要だった。信州には東京のような「街頭」はほとんどない。地方の車社会では、東京で主な被写体となっていた通行人は稀だ。ストリート・スナップから「カントリーサイド・スナップ」への進化が必要だった。山暮らしと共に「人がいない情景」を撮るチャレンジが始まった。


僕は今まで、東京の人混みで「通行人を絡めた街角のリアルかつシュールな瞬間」を狙ってきた。でも、それをそのまま長野県に持ち込むことは、そもそも物理的に無理だった。都会の人には想像し辛いことかもしれないが、本当に人が外を歩いていないのである。人口そのものが少ないことに加え、完全な車社会。寒冷地で山道が多いことも歩行者の少なさとは無縁ではないだろう。表紙写真は、数少ない東京スタイルで撮った写真だ。以下も希少な「人がいるナガノスナップショット」の例。

c0035245_22310494.jpg


c0035245_22343806.jpg


c0035245_22360841.jpg


↑特にこの上の写真は、今までの「人の動きに反射的に反応してシャッターを切る」という東京スタイルとは違って、雰囲気のいい場所に出会って先に人のいない「空(から)」の状態で構図を決め、通行人を待って撮った。昔はこの「待って撮る」というスタイルには作為性を感じて否定的だったのだが、こちらに来てからは結構多用している。それを妥協の産物とは言いたくない。自分の感性を出しながらもリアルさを追求する過程において、そういった作為は逆に必要なのではないかと、こちらに来て考えを改めた。例えばカメラを固定して一定周期で自動的にシャッターを切った写真が決してリアルではないように、作為を排除したからと言って、すなわちそれがリアルだ真実だとは言えないのである。

そして、僕はここ信州の清涼な空気の中で、風景写真的な視点と手法をスナップフォトに取り入れることで、「人のいない情景」を切り取っていくことを覚えた。時にそれは、抽象的な写真表現としても結実していった。

c0035245_22494988.jpg


c0035245_22513923.jpg


c0035245_22534578.jpg


こちらに来てから、少しずつ王道の風景写真にも取り組んでいるのだが、ナガノスナップショットの経験と風景写真の経験が相互に良い作用を与えてくれているとすれば、続けてきたきたかいがあったというものだ。

今回は、インターネット時代になってから初めて、自分の写真とじっくり向き合う機会だったように思う。ブログでダラダラと「撮った順」に作品を吐き出したり、SNSで細切れに見せるだけでは、やはり撮り散らかしたものを作品に昇華させていることにはならない(習作としての意味は当然ある)。そして、ほとんどお金をかけずに出版までできるというこの時代の環境は、本当に素晴らしいと思う。商業出版のようなメジャー感はないかもしれないが、誰に遠慮することなく思った通りに作品をまとめられる喜びは、ある程度の年齢と経験を重ねてきた今は、掛け値なしに大きい。

Vol.2では、5年ほどブランクを置いて再開したモノクロ写真も掲載していく予定だ。また、ナガノの影響を受けて変化している東京の街頭スナップ【21st Century Snapshotman】の方も、こんな形でまとめていければと思っている。

  

by hoq2 | 2018-03-17 23:22 | 写真(Naganao snapshot) | Trackback | Comments(0)

【21st Century Snapshotman 】 追憶の西新宿


c0035245_23323764.jpg

Contax Aria Carl Zeiss Planar 50mmF1.4 Ilford FP4 Plus


写真少年だった高校・大学時代は高田馬場に通っていたので、西新宿のヨドバシカメラやペンタックスギャラリーあたりには学校帰りによく行った。その他にも何かと用があり、酒を飲まない自分にとっては、東口のゴールデン街や歌舞伎町などの通ぶった学生御用達のエリアよりも、西口のビル街の方に馴染みがあるかもしれない。もちろん、その当時はまだ都庁は丸の内にあったし、ヨドバシは文字通りのカメラ店だった。

c0035245_23424441.jpg

Contax Aria Carl Zeiss Planar 50mmF1.4 Ilford FP4 Plus


c0035245_23452592.jpg

Contax RTS Carl Zeiss Distagon 25mmF2.8 Ilford FP4 Plus


c0035245_23475741.jpg

Contax RTS Carl Zeiss Makro Planar 100mmF2.8 Ilford FP4 Plus


僕の一番古い西新宿の記憶は、「スカイライダー」(初代仮面ライダーのリメイク版・1979年放映)のオープニングだかエンディングだか忘れたが、空を飛ぶことが売りだった新仮面ライダーが新宿高層ビルの上空を飛んでいるシーンだ。その当時は海外(カナダ)から帰国したばかりだったのだが、特撮ヒーローものは向こうでは見たことがなかった(スターウォーズ一作目やテレビならバトルスター・ギャラクティカの時代)ので、夢中になって見ていた(そのすぐ後にガンダムブームの直撃を受ける)。

仮面ライダーもさることながら、三角ビル(住友ビル)のカッコよさにもしびれたものだ。一時期は都庁の影にかすんで古臭さが際立っていたけれど、一周回ってまた80年代初頭のファッションがリバイバルしている今は、この時代のものがかえってカッコよく見えてきている。その手の流行にいちいち乗るつもりはないが、90年代的な都庁に比べて、それより一回り古い新宿副都心の高層ビル群に風格がつきまじめているのは確かだ。

c0035245_00070633.jpg


そんなノスタルジーに浸りながらビル群の情景にシャッターを切っていると、ライカM6とペンタックス6x7を下げた外国人に声をかけられた。同じようにフィルムカメラの2台持ち(コンタックスRTS・Aria)をしていた僕に興味を持ったようだ。Gullaume Ducreuxというフランスの写真家だそうで、日本で個展を開くために来日中とのこと。後でググってみると、素晴らしいアート作品を生み出している一流の写真家であった。

そんな彼と短い写真談義をした後、お互いの写真を撮り合って別れたわけだが、「フィルムでしか作れない作品がある限り続けていこう」と握手をした。僕の場合は、オリジナリティ溢れる芸術性を強調するような作風ではないので、恐らくは彼ほどにはフィルムであることに必然性はないかもしれない。もちろん、モノクロの街頭スナップは僕の写真の原点であり、一生やり続けたいことに変わりはない。

ただ、いつかはキャンピングカーで長い旅暮らしをしたいという夢があり、その時には旅先からSNSやブログをUPしたい。そうなれば、今のように自分でフィルム現像してフィルムスキャナーでスキャンして仕上げるというスタイルは守れないだろう。かといって、デジタルのカラー写真を単にモノクロ変換したモノクロ写真には、満足できそうもない。だから、そういう暮らしがもし実現すれば、僕はフィルムを捨てて、その時にまだあれば、デジタルライカのモノクロームモデル(国産メーカーから常識的な価格のモノクロ専用機が出ればもっと良いが)を終のカメラとして手にしようと思う。

c0035245_00244282.jpg

Contax Aria Carl Zeiss Planar 50mmF1.4 Ilford FP4 Plus


c0035245_00262546.jpg

Contax RTS Carl Zeiss Makro Planar 100mmF2.8 Ilford FP4 Plus


c0035245_00281988.jpg

Contax RTS Carl Zeiss Distagon 18mmF4 Ilford FP4 Plus


c0035245_00305166.jpg

Contax RTS Carl Zeiss Makro Planar 100mmF2.8 Ilford FP4 Plus


c0035245_00322241.jpg

Contax RTS Carl Zeiss Distagon 18mmF4 Ilford FP4 Plus


c0035245_00343739.jpg

Contax RTS Carl Zeiss Distagon 18mmF4 Ilford FP4 Plus


銀塩プリントの肌感覚や、暗室の酸っぱい臭いをリアルタイムの記憶として持っているのは、僕ら昭和40年代生まれの世代が最後だ。だからといって、僕らにはフィルム写真を継承していく責務があるなどということは、間違っても言わない。確かに、デジタル化と共に写真への情熱を失った人は大勢いる。でも、彼らは単に、フィルムとデジタルの間に分断などないという当たり前のことが理解できていないのだ。新しいものについていけない人は、結局は古いものを継承することもできないと僕は思っている。

c0035245_00543792.jpg

Contax Aria Carl Zeiss Planar 50mmF1.4 Ilford FP4 Plus


c0035245_00572819.jpg

Contax Aria Carl Zeiss Planar 50mmF1.4 Ilford FP4 Plus


c0035245_00591475.jpg

Contax RTS Carl Zeiss Distagon 25mmF2.8 Ilford FP4 Plus


   

by hoq2 | 2018-03-06 01:16 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)