Chinon Bellami / Lomo LC-A / Rollei A26 目測ピントの35mm単焦点コンパクトカメラの使い方を考える


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7月20から祐天寺・Paperpoolで開催される目測カメラによるスナップ写真展Rule the Distanceに参加する。一眼レフやレンジファインダーといったピント確認構造を持たない、目測でピントを合わせるカメラで撮った写真の合同展である。

僕が実用している該当するカメラは、チノン・ベラミ、ロモLC-A、ローライA26の3機種。ベラミはCinonex 35mm2.8、LC-AはMinitar 32mm2.8、A26はSonnar40mm3.5という、画角的には35mm近辺の同じようなスペックのレンズがついている。いずれもピント合わせは目測の手動で露出は全自動のプログラムAEのみ。レンズが格納式なのも共通している。サイズもほぼ同じだ。このうち、ローライA26は前回合同展の「35mmスクエア展」に参加したので、今回はベラミとLC-Aで参加する予定だ。

『35SQ group exhibition " 24x24, small square is; "』出品作品



立て続けに「カメラ縛り」の写真展に参加させてもらっているわけだが(実は目測カメラ展の前のニコンF縛りの展示にも参加する予定)、僕はカメラはあくまで「手段」であり、「こういう写真を撮るために、このカメラを使おう」と、「写真」という結果から逆算して機材を選ぶタイプである。もちろん、「このカメラが欲しい!」「このカメラで写真を撮りたい!」ということが先に立つ、写真芸術ならぬカメラ趣味を否定する気はさらさらない。僕自身、カメラオタク的な側面を同時に持ち合わせているし、だいいち人それぞれのアプローチや楽しみ方に口を出すほど偏狭ではないつもりだ。逆に自分のポリシーを否定される謂われもなく、色々なアプローチの人とお互いを認め合いながら写真芸術を楽しみたいと思っている。僕の立ち位置をあえて数字で表せば、「写真7:3カメラ」というところだろうか。

上記の前提をふまえ、今度の目測展に向けて、僕なりの目測カメラの使い方をあらためて考察したいと考えた。写真において「選び」は最も難しいステージだ。これは、それをクリアするためにも必要なプロセスなのだ。

もとい、「目測カメラ」ではなく「単焦点レンズ付きコンパクトカメラ」と言った方が自分的にはしっくりくる。「目測」であろうと「AF」だろうと、それはピントを合わせる「手段」の違いに過ぎず、どのやり方にせよ基本的なピント合わせの技術が身についていれば直接的には写真表現そのものには影響しない。だから、僕個人としては、実はその部分はあまり重要ではないのだ。もちろん、微妙なピント合わせができるかできないかといったカメラの機構に左右される部分は、被写体との向き合い方や被写体選びに影響してくるのは間違いない。その意味ではカメラが「目測ピント」であるということの意味も、ちゃんと意識すべきであろう。

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さて、僕がなぜこの手のカメラを使っているかというと、自分が求める最低限の画質をクリアしつつ、小さくて手軽、なおかつ本格的なカメラに比べて「いい意味で汚い」(要はロモグラフィ的な)独特の絵が作り出せるという期待からだ。インスタマチックカメラであるA26の場合はスクエアフォーマット(しかも135フィルム使用により上にだけパーフォレーションの穴が画面に重なる)という、一目瞭然の個性があるので、より分かりやすい狙いを持って使用している。

発売当時(ベラミ1981、LC-A1983、A26 1963)のターゲットは、いずれもファミリーユースであり、したがって、3機種ともライトユーザーが家族スナップや旅先の記念写真を気楽に撮るのにふさわしいカメラを追求して開発されている。僕がこれらのカメラを持ち出す第一のシチュエーションも、そのまんまファミリースナップ用としてである。ちなみに、カラーに関してはあらゆるフォーマットでデジタルに分があるというのが僕の持論なので、フィルムカメラでは99%白黒ネガしか撮らない。だから、ベラミやLC-Aで撮る家族写真は、白黒である。

もちろん、スマホやミラーレス一眼でカラーで普通に家族スナップも撮る。それでもあえて白黒フィルム「でも」記念写真を撮りたいのは、そこに単なる記念写真にちょとだけ+@した淡い芸術性を求めているからだ。その点で、僕の場合、どうもいわゆる「高級コンパクト」は合わない(きれいに確実に撮るんだったら、ライカや一眼レフで撮ったほうがよりいいではないか!)。その代表格であるGR1sは発売時から持っていたのだが、結局ピンと来なくて10年ほど前に手放している。その後にいつのまにか集まってきたのが、よく言えば味のある、悪く言えば甘い、「高級ではないけれど真面目なコンパクト」であるこの3機種だったのだ。

【家族写真の作例】

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Rollei A26

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

家族スナップ用途で、A26のパーフォレーションと正方形のフォーマットが「思い出」「時間の流れ」といったイメージを想起させ、効果的なのは、一目瞭然だ。



なので、これを「家族の10年」をテーマにしたフォトエッセイの仕事にも活用している。ただし、仕事では失敗が許されないので、露出とピントの制御ができる同じローライのSL26という一眼レフタイプのインスタマチックカメラを使っている。



さて、手のひらサイズのカメラをポケットから出して、パッとだいたいの距離にピントを合わせ、露出を気にせずにシャッターを押す。このスタイルは「ハイ、チーズ」な記念写真よりも、何気ない日常のワンシーンをスナップ的に切り取るのに向いていると思う。「ハイ、チーズ」も結構撮っているのだが、今回あらためて見てみると、あまり良い写真がない。

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Rollei A26

それと、普通の135フィルムを使うベラミとLC-Aを比べると、やはり日本製だけあってベラミの方が優等生タイプである。特にパンフォーカス気味の絵は、白黒で撮っている限りは、言わなければ普及型コンパクトだと分からないほどのソツのない描写である。一眼やレンジファインダーカメラのちゃんとしたレンズで撮った写真に比べて特に差が出るのはボケ味であろうが、これはさすがのゾナー(A26)のようにはいかず、チープ感が出る。

一方のLC-Aも被写界深度が浅くなる条件で撮ると、ボケの破綻がすごい。でも、これはベラミのチープ感を飛び越えて、なんだがすごい色気をかもしだす、素敵な破綻具合である。このあたりが、90年代末ごろから急にカルト的ファッション感覚でもてはやされるようになった所以であろう。

よって、この分野ではパンフォーカス気味に周りの状況もしっかり入れつつ撮るならベラミ、主題の人物などに集中してフォーカスして被写界深度浅めに撮るならLC-Aに軍配が上がると僕は思う。言い換えれば、「誰か」を撮るならLC-Aで、「状況」を撮るならベラミという使い分けが理想かもしれない。もちろん、そこに縛られてはつまらないので、頭の隅でそう思っていれば、より良い写真を撮るチャンスが増える、といった程度の認識に止めておくべきであろう。なにしろ、下の写真(我が家の畑になった小松菜の単なる記念写真である)のように、LC-Aのパンフォーカスでも、条件が揃えば息を飲むような情感のある描写となることもあるので油断ならない。この場合はピントを中距離=3mくらいに置き、F11くらいの露出になるイメージで撮っているが、「目測ピント」という部分に着目すれば、たとえパンフォーカスになる条件でも、こういう不完全なカメラ(レンズ)の場合はピントを置く位置が最終的な写真の印象を左右する場合があるのではないだろうか。

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Lomo LC-A

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Rollei A26

次に僕が実践しているのは、街頭スナップのアクセントとして、一眼やライカで撮った一連の写真の中に混ぜるという使い方だ。

特にA26の写真は違いが一目瞭然なので、本ブログの投稿にもしばしば「混ぜ撮り」作品を発表している。



問題は、フォーマットの違いがなく、写りの雰囲気だけでLC-Aとベラミで撮った写真をアクセントとして差別化できるかどうか。それを今まさに検証中で、街頭スナップのテスト撮影をしている。

【街頭スナップの作例】

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

ここまでベラミ。うーん、どうなんでしょう。とても味があるのだが、半面ソツなく撮れてもいるので、ライカや一眼で撮った写真に混ぜてもアクセントにはなりにくいかもしれない。もっと心象風景的なものにレンズを向ける必要がありそうだ。一方で、分かりやすさに妥協しすぎて作品の質を落とすのも問題だ。自己満足を積み重ねていくことも時には大事である。なにはともあれ、まずは、次回の「茅野でチノン」で、デジタルカラーとの混ぜ撮りでもしてみるか。



最後に、LC-Aでの街頭スナップの作例

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

こちらは一目瞭然。ある程度目の肥えた観客には確実に違いが伝わると思われる。実際、この時は一眼レフも併用しているので、そちらのフィルムの現像・スキャンが済んだら組み合わせてみたい。いずれも強く出ている周辺光量落ち、周辺部の画像の流れ、歪曲収差が、汚らしくない形で絵に溶け込めば、撮り手の心象や町角の生気を表現するアクセントになりそうだ。ただし、印象が強いだけに、LC-Aで撮った作品だけで一つのテーマを構成するのは照れる。カメラ(レンズ)の個性ばかりに頼った薄っぺらい表現はしたくない。「LOMOはほどほどに」が座右の銘になりそうだ。

最後に「目測ピント」という作品展のテーマに沿って。1mと1.5mと3mの距離感くらいは、それなりに長く写真を撮っている人ならば肌感覚になっていると思う。だからそうそう外すものではないと思う。僕は保険も兼ねてISO400のフィルムを使っている(200に減感も)が、フィルム1本につきピンぼけは1〜2枚程度だ。それもほとんどがピントの合わせ忘れ(ピント位置を確認せずにあわてて先にシャッターを押してしまったというケース)で、特に屋外スナップの場合は、「ちゃんと合わせたつもりなのに外した」というミスは非常に起きにくいと思う。あえて言えば、動きのある被写体には向かないのは確かなので、その点でもこういうカメラは心象風景向きだと思う。

by hoq2 | 2017-06-19 00:43 | カメラ | Trackback | Comments(0)

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