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Street Snap B&W - 春のめざめ


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Leica M6 TTL Summicron 50mm F2 (4th) Ilford Delta 100 小金井


なんでもかんでもアベのせい。サヨクとかパヨクと呼ばれる反体制派は、安倍晋三という人を買いかぶりすぎている。彼に限らず、日本の政治家には、あらゆることの責任を負えるような強大さはない。「アベのせい」の正体は、戦後の日本を覆ってきたユルーい左右のイデオロギー対立そのものが崩れ去ることへの、戸惑いである。この戸惑う人々は、変化についていけないという意味では彼らが自称する「革新派」とは正反対の「守旧派」である。この国では、リベラルと保守が逆転している。

なんでのっけからこんな政治色の強いことを書いたかと言うと、別に社会派の写真に主旨替えしたわけではなく、近頃ようやく、日本の景気がどん底の暗いトンネルを抜けたことを、街をカメラを手にぶらぶらしていても、実感できるようになったからだ。僕はそれを、アベノミクスの成功の証しと言うつもりはない。でも、僕はこの5年あまり、目の下にクマを作りながら、民主党政権時代にピークを迎えた侘しく味気ない空っぽな不景気な街頭の空気感に、疲れていたのは事実である。そして、最近ようやく、街角に自分が若かった頃の80年代、90年代の充実感が垣間見えてきたことを、素直に喜んでいる。

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Canon T90 FD 35mm F2 Ilford Delta 100 新宿


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Canon T90 FD 35mm F2 Ilford Delta 100 新宿


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Canon T90 FD 35mm F2 Ilford Delta 100 新宿


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Canon T90 NewFD 28mm F2.8 Ilford Delta 100 新宿


僕の言う「街角に充実感があった80-90年代」とは、正確には80年代後半から90年代半ば、つまり昭和の末期から平成初期にかけてのことだ。要は自分が写真を始めた頃のことである。その頃から僕は、今と変わらず、白黒フィルムでこのようなストリート・スナップを撮っていた。特に自分が住んでいた東京の街角を撮るのが楽しくて仕方がなかった。当時、僕はサッチャー政権下で景気のどん底にあったロンドンから帰ってきたばかりで、まだバブル景気の余韻たっぷりの東京の賑やかさに圧倒されていた。三脚を担いで夜の街角を撮るのも好きだったが、それは、たとえ誰もいない街角にも、人の臭いが感じられる密度があったからだ。美しいけれど、どこまでも虚ろな、不景気な当時のロンドンとは対照的だった。

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Canon T90 FD 55mm F1.2 Ilford Delta 100 新宿


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Canon T90 FD 55mm F1.2 Ilford Delta 100 新宿


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Canon T90 FD 55mm F1.2 Ilford Delta 100 新宿


そうは言っても、僕はその頃の東京に甘いノスタルジーを感じているわけではない。むしろ、当時の僕は、自分が生きている時代が大嫌いだった。多分、今、タイムマシンに乗ってあの頃に戻ったとしたも、それは変わらないだろう。安定していて賑やかだが、軽くて薄い不真面目な時代。僕はむしろ、不安定で貧しいけれど、激しくて前向きな、その一昔前の時代、60-70年代に青春を過ごした一回り上の世代が羨ましくて仕方がなかった。この感情もまた、今も変わっていない。

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Canon T90 NewFD 28mm F2.8 Ilford Delta 400 新宿


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Canon T90 FD 55mm F1.2 Ilford Delta 400 新宿


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Canon T90 FD 55mm F1.2 Ilford Delta 400 新宿


平成の初めころの僕は、その大嫌いな時代が永遠に続くと思っていた。今にして思えば決して安定した時代ではなかったのだけど、世の中の仕組みがまだ分かっていなかった自分には、目の前の安定はどうせ揺らぐことはないと、拗ねた感情を持っていた。変化に飢えていたので、むしろ早く景気が悪くなれとすら思っていた。そして、生まれた時から何も変わらない自民党政権が変わることなど絶対にないと思っていた。「どうせ何も変わらない」という、その後のどん底の時代とは違う意味での閉塞感が、確かにあったのだ。

何か言いたいのかと言うと、「アベヤメロ」の人たちは、その頃の「どうせ何も変わらない」という子供じみたヒネクレと同様の感情を、今だにベースに持っていると思うのだ。つまり、確たる政治的思想や哲学、経済論に基づいた根拠のあるアベ批判をしているのではなく、要は「飽きた。はよ代われ」というだけのシュプレヒコールなのだ。時代を動かすには、そういう大衆のうねりも必要だとは思う。しかし、「自民飽きた」で、民主党政権に交代したのは良いが、時期がいかにも遅すぎた。僕らの世代はその20年前には、もおうとっくに飽きていたのだ。トンチンカンなタイミングでの無意味な政権交代が、日本の20年、いや、30年を失わせた最大の負の原動力だったと僕は思っている。念を押しておくが、僕はアベを支持しているわけでも、民主党政権そのものを非難しているわけでもない。日本の貧弱な政治そのものに、時代を動かす力などないと思っているだけだ。

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Contax Aria Vario-Sonnar 28-85mm F3.3-4 Ilford Delta 400 長野県御代田町


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Contax Aria Vario-Sonnar 28-85mm F3.3-4 Ilford Delta 400 長野県御代田町


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Contax Aria Vario-Sonnar 28-85mm F3.3-4 Ilford Delta 400 長野県御代田町


今、街を歩いていると、昭和の臭いがはっきりと薄れていくのを感じる。僕は、ノスタル爺ではないので、それをそれほどネガティブにはとらえていない。むしろ、数年前までの空疎で不景気な街角、昭和の廃墟のような街の空気感が嫌だった。そんな街に不快感を感じたというより、そこを歩くことに疲れてしまった。いっそ昭和を取り壊した更地の上に、平成の先の「今」があった方が潔い。今の人たちの方がまだ、きちっと過去をリスペクトしたうえで新しいものを作る気概がある。平成のバカ共に比べれば。

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Contax RX Distagon 25mm F2.8 Ilford Delta 100 小金井


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Leica M6 TTL Summicron 50mm F2 (4th) Ilford Delta 100 小金井


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Leica M6 TTL Summicron 50mm F2 (4th) Ilford Delta 100 小金井公園


そんなこんなで、僕は、今ここで発表している写真を撮った2018年春くらいから、日本はやっと失われた時代のトンネルの出口に差し掛かったのではないかと信じている。「春の目覚め」の時代である。いや、もう桜は咲いているかもしれない。しかし、まだまだ油断はできない。今の春がそのまま夏へとつながっていくかは分からない。2020年をピークに、冬に逆戻りするなんていうのが、案外現実的なシナリオかもしれない。ヒトラーの春の目覚め作戦さながらの失敗はごめんだが・・・

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Contax RX Distagon 18mm F4 Ilford Delta 100 小金井公園


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Contax RX Distagon 18mm F4 Ilford Delta 100 小金井公園


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Leica M6 TTL Summicron 50mm F2 (4th) Ilford Delta 100 小金井公園


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Leica M6 TTL Summicron 50mm F2 (4th) Ilford Delta 100 小金井公園


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Contax RX Distagon 18mm F4 Ilford Delta 100 小金井公園


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Leica M6 TTL Summicron 50mm F2 (4th) Ilford Delta 100 小金井公園


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Contax RX Distagon 25mm F2.8 Ilford Delta 100 小金井


  

# by hoq2 | 2019-02-02 00:10 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(1)

コンデジで街歩き 上諏訪散歩 Sony Cyber-shot DSC-RX100M6


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コンデジというものをほとんど持ったことがなかったけれど、昨年の秋にRX100M6を買った。今は自分専用のデジタルカメラを持っていない嫁のために、感性のままに撮れるコンパクトで万能なカメラが欲しかったので、24-200mmという高倍率ズームを搭載して登場したM6に飛びついた。

RX100シリーズは10万円前後する高級コンパクトで、一般的には「嫁カメラ」としてはオーバースペックなのだが、僕の嫁は新聞社でスポーツカメラマンをしていたプロなので、逆にコンデジでは申し訳ないと思いながらこれをプレゼントした。嫁は技術よりも感性重視の撮影スタイルなので、大きなカメラをレンズ交換しながら振り回すよりも、一台の小さいカメラでサクサク撮った方が合っていると思ったのも事実だ。とはいえ、「作品」を生み出すのに必要な高画質と高機能は必須であり、やはりただのコンデジでは役不足である。高級コンパクトは各社から出ているが、ソニーにしたのは「よく写る高倍率ズームを搭載した高級コンパクト」と言うと、RX100M6がドンピシャだったからだ。

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で、嫁のために買ったといいつつ、半分は自分が使っているというのは世の常で、僕も家族で出かけた時やちょっとした出張時には自分のα9/7RIIIを持ち出さずにRX100M6を使うことが多くなっている。

今回は、嫁と犬と上諏訪の町を散歩しながら街角スナップしてみた。「写真」よりも「散歩」を重視したいけど、スマホで記録する以上の「作品」を撮りたい。そんな微妙な要求に対して、この手のカメラは絶妙に応えてくれる。

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ご覧のように、少なくともブログサイズでは、コンデジの高倍率ズームだとは、言わなければ分からない画である。当ブログの「カメラ」カテゴリで前回、同じ画角に相当するフルサイズ用のFE24-240mmF3.5-6.3の実写レポートを書き、その高画質ぶりに驚いたが、まさに「高級高倍率ズーム」という新しいカテゴリが登場したと言っていいのではないかと思う。「安かろう悪かろう」な高倍率ズームも健在ではあるが、かつての自分が凝り固まっていたように、「高倍率ズーム=低画質」とは断言できない嬉しい状況になっている。

特にこのRX100M6用のバリオ・ゾナーは、高画質なうえに超コンパクトにまとまっており、その点では大柄なFE24-240mmF3.5-6.3を完全に凌駕している。10代からのツァイス信者で、今もフィルム撮影でヤシコンのバリオ・ゾナーを愛用している自分としては、バリオ・ゾナーだというだけでぐっと身近であり、強い信頼感がある。例えば、上の電球のショットなどが分かりやすいが、切れ味鋭くコッテリとした期待通りの描写が嬉しい。

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個人的には、やはり望遠側が200mmまであるというのは、相当にスナップの幅を広げると思う。東京のような混み合った都会ではせいぜい135mmまでで十分だとは思うが、空間が広い地方都市や田舎のスナップでは、被写体との距離感が都会よりも遠いので200mmまであると大変具合が良い。それと、散歩メインの「ながら撮り」では、手元のズーミングでサッと撮れるのはとても有り難いのだ。

さらに、こういう撮影スタイルの時は特に、小さいことは正義である。自分の手が届く範囲で、ローアングルもハイアングルも自在だというのは、ズーミングの自由度と共に大きく機動力UPに貢献している。

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一方で、僕はRX100M6がコンデジだからといって、「押すだけで写る簡単なカメラ」だとは思わない。むしろ、ちゃんと撮ろうと思えば思うほど、多彩な機能を使いこなしていかなければいけない。例えば高倍率ズームは、画角が自ずと決まっている単焦点レンズと違って、幅広いレンジから自発的に画角を選んで追い込んでいかなければいけないし、「親指AF」などのフォーカスモードの選択を単純化する機能がない分、フォーカスモードやAFエリアを被写体によってこまめに切り替えていく必要がある。さらには、タッチパネル・タッチパッドなどの保守的な一眼レフにはなかった新しい操作も習得しなければ、素早く正確にピント合わせをするのは難しいかもしれない。

そういう意味では、一眼やフルサイズミラーレスの方が操作そのものは楽である。少なくとも僕はそう思う。

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被写界深度に関しては、やはり物足りなさを感じる。1.0型センサーで広角側開放2.8、望遠側4.5というスペックだと、どうしても物体の質感で勝負したいカットや、背景を整理したい場合にはうまくいかない場合がある。ズーム倍率を抑えて広角側開放1.8、望遠側2.8となっている従来機種や兄弟機のM5Aでも、フルサイズやAPS-C機の立体感を表現できるかというと、それは無理な注文だ。

「ストリート・スナップの基本はパンフォーカスである」というのは真理だとは思うが、都会の雑踏を歩いたブレッソンや木村伊兵衛と違い、僕は今、超少子高齢社会で疲弊した地方都市を歩いている。朽ちていく物体や人がいない町の空気感、そこにいる自分の寂れた開放感といった心理を表現するのに、被写界深度やフルサイズのパースペクティブは重要なファクターだ。撮影に徹する時はフルサイズか35mmフィルムでスナップしているが、都会ではズーム、田舎では明るめの単焦点を使うことが多いのはそのためだ。

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逆に、都会の雑踏を機動力をフルに発揮してパンフォーカスで切り撮っていくような使い方をすれば、とても良いかもしれない。今度はシリアスな雑踏のスナップ撮影にも持ち出したいと思う。

何はともあれ、今回のような散歩写真は、より本格的なカメラでも、スマホでも撮れなかったと思う。カメラという工業製品としての技術的な面だけでなく、作品主義に立っても、RX100M6はブレークスルーを果たしたカメラだと思う。

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# by hoq2 | 2019-01-09 12:08 | カメラ | Trackback | Comments(0)

日常の紅葉

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α9 Sigma 35mm F1.4 DG HSM Art

蓼科で生活し始めてから、細々と風景写真にチャレンジしてはいるが、季節というものは案外移ろいやすく、うかうかしているうちにベストシーズンを逃してしまう。それに、勉強のために少し頑張ってやるようなことは、どうもなかなか進まない。自分の写真のベースはあくまでストリートスナップにあって、修行してきたのは報道の世界だ。王道の風景写真は、表現の幅を広げるためにやっていることで、自分の本分ではない。だから、自然を撮る時も、僕の本来的なスタイルは、ネイチャースナップというか、東京でやってきたストリートスナップをそのまま自然の中に持ってきた感じになる。

今年の秋はほぼ例年通りのペースで進んでいるように感じる。即ち、これを書いている10月29日現在、標高1320mのうちの周りは紅葉のピークをやや過ぎた頃だ。今年こそは王道で紅葉を撮ろうと思ったのだが、盛期にそれは叶わなかった。代わりに日常の犬の散歩道の秋をスナップした。それが、ちょうど紅葉の始まりからピークにかけての記録になったので、日記としてまとめておこうと思う。

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α7RIII Canon New FD 28-50mm F3.5

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α7RIII Canon New FD 28-50mm F3.5

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α7RIII Canon New FD 28-50mm F3.5

春よりも秋が好きなのは、桜よりも紅葉に親しみを感じるからかもしれない。子供の頃の最も幸せな時期を過ごした場所が、紅葉がすごくきれいな場所だった。子供心に、こんなに美しい光景があるのかと思った。今だにそれを超える季節に出会ったことがない。

それは、秋の行楽シーズンに出かけるような、いわゆる紅葉の名所の話ではない。玄関を出たその瞬間に、日常が紅葉に包まれていた。そこに再び身を落ち着けることは叶わないだろうが、今は気候が似た信州の山に住むことができている。名所の紅葉よりも、紅葉がある日常生活が好きなのは、それが僕の原風景だからだ。

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α9 FE 85mm F1.4 GM

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α9 FE 85mm F1.4 GM

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α9 FE 85mm F1.4 GM

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α9 FE 85mm F1.4 GM

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α9 FE 85mm F1.4 GM

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α9 Sigma 35mm F1.4 DG HSM Art

ズラッとカメラの砲列が並ぶような名所ではないにしても、週末のは都会から多くの人がドライブに来るような立地だ。そこを日常の場所と言えるのは贅沢なことなのだろう。しかし、この贅沢は、多くの人の助けを借りながら、最終的には自分の力で得たものだと思っている。そして、それは余剰な贅沢なのではなく、たまたま最大公約数の人と優先順位が異なるために得られたものだ。こうした環境を手にしている代わりに、他の人が持っているものの多くを、僕は持っていない。

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α9 FE 70-200mm F2.8 GM OSS


# by hoq2 | 2019-01-09 12:01 | 日記 | Trackback | Comments(0)

Street Snap Color - 東京残雪地帯 「銀塩VSデジタル」の争いほど馬鹿らしいものはない

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α7RIII Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) 国分寺


学生の頃の一時期、三脚担いでの夜間街頭スナップに凝っていた。ほとんど白黒フィルムで、ちゃんとカラーの夜景を撮るようになったのはデジタル時代になってからだ。フィルム時代の長時間露光は、経験とカンが便りで、腹時計で「1、2、3、4・・・」と露光時間を計っていた。不安なので段階露光もするもんだから、金がかかるカラーフィルムを使うのがもったいなかったというのもある。とにもかくも肉眼で見る光景が浄化される白黒の世界に、さらに長時間露光による異世界が浮かび上がるのが楽しかったのだと思う。

翻って、初めてデジタル一眼レフを手にした時に僕が真っ先に反応したのが、「夜でも簡単に撮れる」ことだった。新聞社の写真部にいた当時、会社支給のニコンD1を持ち帰っては夜の街をほっつき歩き、露出をモニターで確認しながらISO800あたりで手持ち撮影を繰り返したものだ。あまりに楽に夜景が撮れるもんだから、逆に三脚に据えてじっくり撮ることが少なくなったくらいだ。

この冬、そんなことを思い出しながら、その当時買った最初期の安いカーボン三脚を引っ張り出して、残雪残る出張先の夜の街を2時間ばかり歩いた。

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α7RIII FE 55mm F1.8 ZA 国分寺


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α7RIII FE 55mm F1.8 ZA 国分寺


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α7RIII Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) APS-C Crop 府中


僕は、APS-CのNEXシリーズからソニーのミラーレスを使っているが、フルサイズのα7も3世代目になって、7RIIIを手にしてからはプライベートではほとんどデジタル一眼レフを使わなくなった(今回掲載している写真を撮った半年後の今はα9を追加して仕事もミラーレスオンリーになった)。シャッターを切る前に露出・被写界深度が見えているのは、腹時計で長時間露光をしていた時代から見ればまさに革命である。写真の本質は技術ではなく感性だと考えているので、技術的な面にはなるべくエネルギーを削ぎたくない。技術はもちろん大事だし、技術の裏付けがなければ感性の表現も表面的なものになってしまうことは十分承知している。それでもやはり、写真家は技術者ではなく、表現者だと声を大にして言いたい。

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α7II Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) 国分寺

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α7II Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) 国分寺

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α7RIII FE 55mm F1.8 ZA 国分寺

デジタルでカラーでミラーレスで、と言うといかにもデジタルガジェット好きの最新機材原理主義者のようだが、このブログの他の投稿を見てもらえば分かるように、白黒写真はもっぱらフィルムで撮っている。ただし、いわゆるクラシックカメラマニアでもなく、使っている銀塩機材はほとんどが自分が生まれた1970年代以降の新しいクラシックカメラだ。さらに、出力までのことを言えば、フィルムを自家現像した後、フィルムスキャナーとインクジェットプリンターで出力するアナログとデジタルのハイブリッドだ。要は、「銀塩VSデジタル」などという古臭くて野暮な議論には全く興味がなくて、結果的にそうなったという話でしかない。僕の場合は、「結果」を追求したらいつの間にか「カラーはデジタル、白黒はフィルム」に落ち着いただけである。

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α7II Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) 国分寺

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α7RIII FE 70-200mm F4 G OSS 国分寺

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α7RIII FE 70-200mm F4 G OSS 国分寺

どちらもちゃんとやってみれば分かるが、アナログの暗室作業が難しくて高尚で、デジタル暗室がなんでも自動的にMacがやってくれるお手軽なものだなんて言うとバチがあたる。そんなことは割と常識だと思っていたが、特にこの国の中高年層には、銀塩>デジタルと言ってはばからない保守的な層(本人たちは資本主義経済の産物である最新デジタル技術を否定しているという点で革新的だと思っているようだ)が多くてウンザリする。いや、確かに、どっちも誰でも極められるような甘いものではないのと同時に、誰にでもチャレンジできる懐が深い表現手法だ。だからこそ、アナログの写真術とデジタル写真術は対立軸にあるのではなく、連続し、入り混じった同一軸にあるものなのだ。

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α7II Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) 練馬

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α7RIII FE 70-200mm F4 G OSS 練馬

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α7RIII FE 70-200mm F4 G OSS 練馬

僕は、フィルムで撮った写真を自宅の洗面所でアナログな道具や「勘」をめいっぱい使って自家現像するが、出力は20世紀のデジタル機器であるフィルムスキャナーで、編集は最新の写真編集ソフトで行う。反対に、デジタルカメラにアナログの光学フィルターを装着して、デジタル暗室では出せない効果を狙いつつ、画像編集ソフトで微調整したりもする。僕なんかよりもずっと力のあるベテランなら、もっと高レベルでデジタルとアナログを融合させているであろう。いや、「融合」ですらなく、道を極めている人ほど同じ地平で捉えているはずだ。

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α7II Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) 練馬

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α7II Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) 練馬

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α7II Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) 練馬

そんなわけで、前回の記事(下記リンク)からリニューアルしたストリート・スナップの投稿は、今後もカラーはデジタル、白黒はフィルム写真で埋められていくことになるだろう。


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α7RIII FE 70-200mm F4 G OSS 練馬

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α7II Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) 練馬

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α7II Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) 練馬

今はまだその境地に達していないが、白黒とカラーの境界も僕の中ではなくなるだろう。そして、街角スナップだ、風景だ、ポートレートだという定形も、意味をなさなくなる。写真芸術の行末は、そんなふうになっていくと思うのだ。

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α7RIII FE 70-200mm F4 G OSS 練馬

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α7RIII FE 55mm F1.8 ZA 練馬

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α7II Tokina FIRiN 20mm F2 (MF) 練馬

# by hoq2 | 2018-09-19 23:04 | 写真(Street Snap) | Trackback(1) | Comments(2)

Street Snap B&W - Mere Winter, ちょっとした冬


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Rollei A26 豊科


このところ、プライベート作品の発表の仕方をリニューアルしたいと考えていた。そのため更新が途絶えていたのだが、方針が固まった。本ブログとSNS(facebookを中心にTwitterとインスタグラムにも連携)、そして時々リアルの写真展に参加したりフォトブックを作るということをしてきたのだが、前段のwebベースでの発表方法を整理することにした。

本ブログは、街角スナップの記録をメインにしているが、これまでは1回の撮影行ごとになるべく多くの作品を掲載してきた。それこそ日記的に、自分のための記録を公開しているという形だった。ただ、それだとSNSで今やっている、五月雨式に写真をバラバラと見せるやり方と被る面もある。ブログの役割そのものも時代と共に変わってきていると思うし、こちらの方はもう少し整理したものを掲載していくことにした。簡単に言えば、更新頻度を落としつつ、SNSよりも厳選した写真を掲載していきたい。そして、最終的には、来年あたり個展と写真集に結びつけたいと思っている。

今回から、そんなスタイルで再スタートという感じなのだが、今まで出したものはそのまま残し、未発表分から順次このやり方で吐き出していきたい。また、今までは東京を中心とした都会のストリート・スナップを【21st Century Snapshotman】のシリーズタイトルで、生活の拠点がある長野県の田舎の無人の光景を中心としたスナップを【Nagano Snapshot】としてまとめてきたが、これも変えることにした。撮影場所にはこだわらず、【Street Snap B&W】【Street Snap Color】と単純に白黒とカラーに分けて出していこうと思う。

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Olympus OM4 Zuiko 21mm F4 旧軽井沢


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Contax S2 Planar 50mm F1.4 豊科


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Contax S2 Sonnar 180mm F2.8 安曇野


今回は、今年(2018年)の2月から3月にかけて撮影した白黒スナップからセレクトした。2016年の春から銀塩を再開したのだが、2018年9月の今、だいぶ撮影スタイルが確立してきたように思う。まず、東京から長野県に移住して「人がいない田舎町」を撮るのに慣れ、それなりに手応えを感じてきた。それに伴い、東京に行った時に撮る街頭スナップも少し落ち着いてきたように思う。

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Contax S2 Distagon 18mm F4 安曇野


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Contax S2 Makro-Planar 100mm F2.8 安曇野


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Contax Aria Distagon 18mm F4 東京駅


技術的な面では、白黒はフィルムで撮って自家現像し、フィルムスキャナーで出力、デジタル暗室(Photoshop/Camera RAW)で調整するというハイブリッドなスタイルが定着した。最近は、新規の若い人ばかりではなく、僕のように出戻りでフィルム写真を撮る人も増えているが、コアな人ほどアナログの暗室作業にこだわる傾向が強い。僕の場合は、紙焼きができないわけでも、やりたいけれど時間や金がないということだけでもなくて、これが表現として自分に一番合っていると思うから、あえて積極的に20世紀末の過渡期に行われていたハイブリッドな手法にこだわり続けている。少ないとは思うが、このブログを見てくれた人で同じような人がいたらぜひ、色々と情報交換したり語り合いたいものだ。

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Contax S2 Planar 50mm F1.4 豊科


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Leica M6 Color Skopar 21mm F4 渡良瀬遊水地


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Contax Aria Vario-Sonnar 28-85mm F3.3-4 丸の内


一方でカラーはデジタル専門で、カラーフィルムは一切撮らない。カラー写真の場合はどう考えても現在の高画素デジタルカメラに分があると思うからだ。単純な画質、そして「味」の面でも、僕はカラーフィルムはあまり好きではないし、デジタルのカラー写真は素直に美しいと思う。そういうことも、カラー編の時にあらためて整理して語りたいと思う。

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Contax S2 Distagon 25mm F2.8 安曇野


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Contax S2 Makro-Planar 100mm F2.8 安曇野


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Contax S2 Makro-Planar 100mm F2.8 安曇野


  

# by hoq2 | 2018-09-16 03:14 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)