【21st Century Snapshotman 】ぶらり各駅停車の旅 身延線沿線を歩く 鰍沢口〜落居 (2017 5/5)


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去年のGWのこどもの日に続き、2年連続で各駅停車の旅に出た。おもに出身地の東京と今住んでいる長野県でストリート(&カントリー)スナップをしているが、仕事や何かで訪れた場所を空き時間に歩いていることがほとんどだ。写真を撮り歩くためだけに旅に出ることは、そう多くない。その数少ないチャンスには、せっかくなので旅情を楽しみたいから、なるべく各駅停車の旅をすることにしている。GWの中日の5/5は、そういうゆとりがある巡り合わせになっているようで、去年も同じ日に同じようなことをした。↓





今回も、長野県の蓼科高原の自宅から日帰り圏内で、かつ新鮮な場所ということで、甲府と静岡を結ぶ身延線の「どこか」を歩くことにした。効率と旅情を両立するため、まずは、甲府寄りの車が停められそうな駅まで車で一気に行く。ネット情報があまりないので、アタリをつけてぶっつけ本番で行くと、甲斐大和駅近くの国道に休憩スペースがあったので、そこに愛車・フィアットパンダを停めた。まずはそこから駅まで写真を撮りながら歩いたのだが、駅前に無料駐車場があったので、駅まで車で来れば良かったとちょっと後悔。でも、歩いた分撮れた写真もあったので良しとしよう。

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僕はもともと東京をはじめとする都会の通行人を絡めた街頭スナップを得意としていて、人のいない田舎を撮り始めたのは長野県に越した後の最近のことだ。田舎に越して少し生活に’ゆとりができ、銀塩写真を再開したのはいいけれど、とにかく人がいない!ただ、その数年前からデジタル・カラーで長野県内でのスナップは結構撮っていたので、「人のいない街頭スナップ」に慣れ始めたのも、それまでライフワークにしていたモノクロフィルムによる街頭スナップを再開する動機づけになっていた。

地方からみるみるうちに衰退している今の日本の田舎は、本当に寂れている。通行人に出会うと、「あっ、人!」と、まるで山でカモシカにでも出会ったかのようなヨロコビの声を冗談抜きで上げてしまうくらいなのだ。身延線沿線の富士川沿いの山梨県内の村々は、信州の山奥や観光客が来る要素のない郊外住宅地に比べればまだマシかもしれないが、私のようなカメラを2台持った中年(しかも、いつもロープロS&Fシリーズコットンキャリアで完全武装した近代米兵のようなスタイルである)が観光地でもない村をウロウロしていたら、たちまち「イカのおすし」を実行されてしまいかねない。実際、さる長野県内の住宅地で60代と30代くらいの母娘に誰何され、最終的には写真芸術論を戦わせる羽目になったことがある(長野県民は教養深く、議論好きである)ことを、もう時効だと思うので告白する。

その点、GW中だと普段目にしないよそ者がいてもまだ怪しまれないで済む。これも5/5にマイナーな田舎町を歩く理由の一つである。観光地ではない田舎はGW中でも人がほとんどいないことには変わりないので、混雑とは無縁である。一石二鳥なのである。

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いよいよ身延線に乗る。最終的には路線名になっている身延駅を目指したいが、どこかで1回途中下車したい。鰍沢口(かじかさわぐち)という駅名が気に入ったので、まずは4駅乗ることにした。今年のぶらり旅に身延線を選んだのは、何度か静岡方面に車で仕事で行った際に沿線を走ったことがあり、富士川上中流域の山村の雰囲気が良くて、いつか歩いてみたいと思ったからだ。特に身延駅周辺は重厚な日本家屋が並んでいて、興味を引かれていた。

なにはともあれ、鰍沢口に到着。

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今、地方は車社会なので駅前はほぼ例外なく寂れきっている。少し幹線道路を外れようものなら、コンビニ一つなくて飢えることが多い。山奥に暮らしていると車でもしばしばそういう目に遭うから、各駅停車の鉄道旅ではなおさらである。こういう旅でスマホを見るのは興ざめではあるのだが、鰍沢口駅から徒歩10分ぐらいの幹線道路沿いに、田舎によくある「寿司・天ぷら・そば」を出す中級の食事処があり、営業していることを事前に調べていた。無事、そこで久しぶりに東京(関東)風のダシの効いた玉ねぎ入りのちゃんとしたカツ丼を食べ、満足した。長野県は中部地方に組み込まれつつ東日本の文化圏にあると思うが、それでも隣の山梨県に行くと、関東っぽさにほっとすることがある。

カツ丼問題もその一つで、以前飛騨と名古屋で暮らした経験から、岐阜県と愛知県を含む西日本のカツ丼の多くはダシが薄く、玉ねぎではなく僕が嫌いな長ネギを使っているのではないかと思う。長野県は基本東京風なのだが、ちょっと西っぽくて、やや味がボヤけ気味な時がある。良くないことである。一度ならず二度三度と飛騨と名古屋でそういう(僕にとっては)激マズのカツ丼を食べて以来、「西日本にカツ丼文化なし」と判断し、愛知県以西ではカツ丼をなるべく食べないようにしている。実際のところは僕が入った店がたまたまそうだっただけで、偏狭な食わず嫌いかもしれない。でも、それを確かめる気はない。だから反論は受け付けない。

街道に出て、隣の駅を目指す。

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東京や横浜あたりの日本で一番賑やかで景気がいい地域に住んでいる人には実感がないかもしれないが、日本の衰退は凄まじい勢いで街頭(田園)風景の雰囲気を覆っている。自分がリアルタイムで経験している昭和40年代後半と昭和末期の日本は活気に満ちていて、高校生になってから街頭スナップを撮るようになってからは、「人がいなくても人気(ひとけ)がある」夜の東京の裏道を三脚を担いで撮っていた時期もある。

ところが、今は、地方にいけば日中でも人の姿はなく、人の臭いすらも薄れて無臭の空っぽな廃墟のような村が連なるだけである。今でも日本は、昭和にあたる時代の半分の期間暮らしていたカナダやイギリスよりも、はるかに人口密度が高い。事実、どこへ行っても市街地がほとんど途切れることがなく、家とか電柱とかガードレールとかの人工物が目に入る。でも、今の日本は人の臭いがしないのだ。サッチャー政権下の没落した大英帝国の空気を知っているが、それに近いかむしろ上回るほどの空疎ぶりである。そういう負の雰囲気は嫌いではないのだが、さすがにそこを一人でとぼとぼと歩いていると精神的に参ってしまうのも事実だ。ただ、最近は、民主党政権下の暗黒の時代が過ぎて、少しだけ雰囲気が盛り返している。アベノミクスうんぬんで盛り返しているという意味ではなくて、淀んでいるとはいえ時代が必然的に流れているということであろう。昭和の残滓がだいぶ整理されて新しい時代の活気がやっとわずかに頭を出しているのを感じる。だから、没落の日本の田舎を歩き続けることに耐えられるのだ。

そんなことを言いながらも、前時代の残滓にばかりレンズを向けてしまうのは、なぜだろうか?

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それにしても次の駅が遠い。時々興ざめ承知の助でGooglemapで確認しながら歩いているが、まだ半分くらいしか進んでいないようだ。たいしたことはなさそうだが、小さな峠越えもありそうだ。「バス旅」のエビスさんたちの「歩き」とはこういうものだったのだろう。日本の田舎道には歩道がない所が多く、上の写真のような広い歩道は例外的だ。だって、歩く人がほとんどいないのだもの。

だから、日本の田舎では、事実上、特にお年寄りや子供にとっては「歩く=死」を意味する。都会の意識がタカイ人たちは「ろはす」じゃない車社会を批判するけど、じゃあ、アンタラ、田舎道を歩いてみなさいと言いたい。肩スレスレを猛スピードで走り去るトラックの轟音と排気ガスにまみれてみれば、税金を惜しげもなく投入して狭いながらも整備された都心の街路の方がよっぽど「ろはす」だということが分かるはずだ。郊外や田舎の現実は、ファッション感覚で片付けられるほどステキではない。それに気づいた者だけが、本当の田舎の良さに身を沈めることができる。

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幹線道路を歩くのに疲れて、眼下の線路沿いの旧集落に降りてみる。

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最近の投稿で、誰もいないスナップを撮るには、レンジファインダー機が向いているというようなことを書いたが、今回もやはりライカで撮影した。僕は若い頃からライカに縁がなく、(というか、若者がライカに縁がないのは普通であるが)昨年の春先にアマチュアカメラマンである義理の母にM6TTLを譲り受けたのが自分のライカを手にした最初である。もちろん、ずっと写真に深く関わってきた以上、身近な人が使っていたり、それを借りたり、家族が所有していたことはある。だから、完全な食わず嫌いというわけではないのだが、昭和45年生まれという世代的な問題もあり、プライベートな作品作りでも報道カメラマンとしてもフリーカメラマンとしても、一眼レフを主力にしてきた。ライカを長年使いこなして来た人には異論があるだろうが、僕にとっては身体の一部のように直感的に使えるのは一眼レフであり、しかも「MF・絞り優先AE・露出補正」という組み合わせがもっとも身体感覚に溶け込んでいる。

でも、10年近くやめていた銀塩のスナップを再開したきっかけの一つは、M6TTLをもらったことである。それはちょうど信州の山の中に移住した時期と重なっていて、必然的に「人のいない情景」にライカで対峙するという条件が揃った。やってみると、ファインダー像全体よりも狭い範囲を切り取るというレンジファインダー式カメラの特性は、タイミングよりも空気感の把握が重要なそのテーマに合っていた。前回の投稿で自分は「写真」という結果から逆算してカメラを選ぶと書いたが、人のいない街頭スナップに苦労しなくなったことに関しては、「ライカ」というカメラが先にあったおかげかもしれない。

今回はだいぶ使いこなしができるようになってきた「安い方の標準=復刻版エルマー50mm2.8」ではなく、「高い方=非ASPH最終型のズミクロン50mm2」を使ってみた。結果に関しては、正直、まだ明白な違いが分からない。ズミクロンは、最近比較的安く入手したのだが、とりあえずの標準として安さで選び、これまでお世話になってきたエルマーを手放すかもしれない。もちろん、どちらも素晴らしいレンズだし、パキパキに写るエルマーとキレキレのズミクロンは間違いなくどちらもすごいレンズで、サイズ感の違いもあって両方使っていきたいのはやまやまだ。だが、ライカの同焦点距離のレンズをいつまでも2本所有している余裕はないだろう。

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トンネルが開通して寂れた峠道を抜け、線路沿いに復帰。いくら近道でも歩いて交通量の多いトンネルを通る勇気は持ち合わせていない。峠道の頂上にも短いトンネルはあったが、こっちは別の意味で怖かった。どちらの恐怖を選ぶかで、その人の性格が分かるかもしれない。

既に夕暮れ時である。ひと駅分歩くのに、予想を遥かに超える時間がかかってしまった。再び電車に乗って身延に足を伸ばすのは次の機会に譲ることにした。「落居」という駅から、車を停めた甲斐上野に戻った。

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【使用機材】

Leica M6TTL (0.85)
Leica M6 (0.72)
Rolleiflex SL26 (Pro-Tessar 40mmF2.8)

Voigtländer Color Skopar 21mm F4
Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8
Leica Summilux 35mm F1.4
Leica Summicron 50mm F2
Minolta M-Rokkor 90mm F4


  

by hoq2 | 2017-06-21 23:45 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)

Chinon Bellami / Lomo LC-A / Rollei A26 目測ピントの35mm単焦点コンパクトカメラの使い方を考える


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7月20から祐天寺・Paperpoolで開催される目測カメラによるスナップ写真展Rule the Distanceに参加する。一眼レフやレンジファインダーといったピント確認構造を持たない、目測でピントを合わせるカメラで撮った写真の合同展である。

僕が実用している該当するカメラは、チノン・ベラミ、ロモLC-A、ローライA26の3機種。ベラミはCinonex 35mm2.8、LC-AはMinitar 32mm2.8、A26はSonnar40mm3.5という、画角的には35mm近辺の同じようなスペックのレンズがついている。いずれもピント合わせは目測の手動で露出は全自動のプログラムAEのみ。レンズが格納式なのも共通している。サイズもほぼ同じだ。このうち、ローライA26は前回合同展の「35mmスクエア展」に参加したので、今回はベラミとLC-Aで参加する予定だ。

『35SQ group exhibition " 24x24, small square is; "』出品作品



立て続けに「カメラ縛り」の写真展に参加させてもらっているわけだが(実は目測カメラ展の前のニコンF縛りの展示にも参加する予定)、僕はカメラはあくまで「手段」であり、「こういう写真を撮るために、このカメラを使おう」と、「写真」という結果から逆算して機材を選ぶタイプである。もちろん、「このカメラが欲しい!」「このカメラで写真を撮りたい!」ということが先に立つ、写真芸術ならぬカメラ趣味を否定する気はさらさらない。僕自身、カメラオタク的な側面を同時に持ち合わせているし、だいいち人それぞれのアプローチや楽しみ方に口を出すほど偏狭ではないつもりだ。逆に自分のポリシーを否定される謂われもなく、色々なアプローチの人とお互いを認め合いながら写真芸術を楽しみたいと思っている。僕の立ち位置をあえて数字で表せば、「写真7:3カメラ」というところだろうか。

上記の前提をふまえ、今度の目測展に向けて、僕なりの目測カメラの使い方をあらためて考察したいと考えた。写真において「選び」は最も難しいステージだ。これは、それをクリアするためにも必要なプロセスなのだ。

もとい、「目測カメラ」ではなく「単焦点レンズ付きコンパクトカメラ」と言った方が自分的にはしっくりくる。「目測」であろうと「AF」だろうと、それはピントを合わせる「手段」の違いに過ぎず、どのやり方にせよ基本的なピント合わせの技術が身についていれば直接的には写真表現そのものには影響しない。だから、僕個人としては、実はその部分はあまり重要ではないのだ。もちろん、微妙なピント合わせができるかできないかといったカメラの機構に左右される部分は、被写体との向き合い方や被写体選びに影響してくるのは間違いない。その意味ではカメラが「目測ピント」であるということの意味も、ちゃんと意識すべきであろう。

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さて、僕がなぜこの手のカメラを使っているかというと、自分が求める最低限の画質をクリアしつつ、小さくて手軽、なおかつ本格的なカメラに比べて「いい意味で汚い」(要はロモグラフィ的な)独特の絵が作り出せるという期待からだ。インスタマチックカメラであるA26の場合はスクエアフォーマット(しかも135フィルム使用により上にだけパーフォレーションの穴が画面に重なる)という、一目瞭然の個性があるので、より分かりやすい狙いを持って使用している。

発売当時(ベラミ1981、LC-A1983、A26 1963)のターゲットは、いずれもファミリーユースであり、したがって、3機種ともライトユーザーが家族スナップや旅先の記念写真を気楽に撮るのにふさわしいカメラを追求して開発されている。僕がこれらのカメラを持ち出す第一のシチュエーションも、そのまんまファミリースナップ用としてである。ちなみに、カラーに関してはあらゆるフォーマットでデジタルに分があるというのが僕の持論なので、フィルムカメラでは99%白黒ネガしか撮らない。だから、ベラミやLC-Aで撮る家族写真は、白黒である。

もちろん、スマホやミラーレス一眼でカラーで普通に家族スナップも撮る。それでもあえて白黒フィルム「でも」記念写真を撮りたいのは、そこに単なる記念写真にちょとだけ+@した淡い芸術性を求めているからだ。その点で、僕の場合、どうもいわゆる「高級コンパクト」は合わない(きれいに確実に撮るんだったら、ライカや一眼レフで撮ったほうがよりいいではないか!)。その代表格であるGR1sは発売時から持っていたのだが、結局ピンと来なくて10年ほど前に手放している。その後にいつのまにか集まってきたのが、よく言えば味のある、悪く言えば甘い、「高級ではないけれど真面目なコンパクト」であるこの3機種だったのだ。

【家族写真の作例】

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Rollei A26

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

家族スナップ用途で、A26のパーフォレーションと正方形のフォーマットが「思い出」「時間の流れ」といったイメージを想起させ、効果的なのは、一目瞭然だ。



なので、これを「家族の10年」をテーマにしたフォトエッセイの仕事にも活用している。ただし、仕事では失敗が許されないので、露出とピントの制御ができる同じローライのSL26という一眼レフタイプのインスタマチックカメラを使っている。



さて、手のひらサイズのカメラをポケットから出して、パッとだいたいの距離にピントを合わせ、露出を気にせずにシャッターを押す。このスタイルは「ハイ、チーズ」な記念写真よりも、何気ない日常のワンシーンをスナップ的に切り取るのに向いていると思う。「ハイ、チーズ」も結構撮っているのだが、今回あらためて見てみると、あまり良い写真がない。

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Rollei A26

それと、普通の135フィルムを使うベラミとLC-Aを比べると、やはり日本製だけあってベラミの方が優等生タイプである。特にパンフォーカス気味の絵は、白黒で撮っている限りは、言わなければ普及型コンパクトだと分からないほどのソツのない描写である。一眼やレンジファインダーカメラのちゃんとしたレンズで撮った写真に比べて特に差が出るのはボケ味であろうが、これはさすがのゾナー(A26)のようにはいかず、チープ感が出る。

一方のLC-Aも被写界深度が浅くなる条件で撮ると、ボケの破綻がすごい。でも、これはベラミのチープ感を飛び越えて、なんだがすごい色気をかもしだす、素敵な破綻具合である。このあたりが、90年代末ごろから急にカルト的ファッション感覚でもてはやされるようになった所以であろう。

よって、この分野ではパンフォーカス気味に周りの状況もしっかり入れつつ撮るならベラミ、主題の人物などに集中してフォーカスして被写界深度浅めに撮るならLC-Aに軍配が上がると僕は思う。言い換えれば、「誰か」を撮るならLC-Aで、「状況」を撮るならベラミという使い分けが理想かもしれない。もちろん、そこに縛られてはつまらないので、頭の隅でそう思っていれば、より良い写真を撮るチャンスが増える、といった程度の認識に止めておくべきであろう。なにしろ、下の写真(我が家の畑になった小松菜の単なる記念写真である)のように、LC-Aのパンフォーカスでも、条件が揃えば息を飲むような情感のある描写となることもあるので油断ならない。この場合はピントを中距離=3mくらいに置き、F11くらいの露出になるイメージで撮っているが、「目測ピント」という部分に着目すれば、たとえパンフォーカスになる条件でも、こういう不完全なカメラ(レンズ)の場合はピントを置く位置が最終的な写真の印象を左右する場合があるのではないだろうか。

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Lomo LC-A

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Rollei A26

次に僕が実践しているのは、街頭スナップのアクセントとして、一眼やライカで撮った一連の写真の中に混ぜるという使い方だ。

特にA26の写真は違いが一目瞭然なので、本ブログの投稿にもしばしば「混ぜ撮り」作品を発表している。



問題は、フォーマットの違いがなく、写りの雰囲気だけでLC-Aとベラミで撮った写真をアクセントとして差別化できるかどうか。それを今まさに検証中で、街頭スナップのテスト撮影をしている。

【街頭スナップの作例】

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

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Chinon Bellami

ここまでベラミ。うーん、どうなんでしょう。とても味があるのだが、半面ソツなく撮れてもいるので、ライカや一眼で撮った写真に混ぜてもアクセントにはなりにくいかもしれない。もっと心象風景的なものにレンズを向ける必要がありそうだ。一方で、分かりやすさに妥協しすぎて作品の質を落とすのも問題だ。自己満足を積み重ねていくことも時には大事である。なにはともあれ、まずは、次回の「茅野でチノン」で、デジタルカラーとの混ぜ撮りでもしてみるか。



最後に、LC-Aでの街頭スナップの作例

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

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Lomo LC-A

こちらは一目瞭然。ある程度目の肥えた観客には確実に違いが伝わると思われる。実際、この時は一眼レフも併用しているので、そちらのフィルムの現像・スキャンが済んだら組み合わせてみたい。いずれも強く出ている周辺光量落ち、周辺部の画像の流れ、歪曲収差が、汚らしくない形で絵に溶け込めば、撮り手の心象や町角の生気を表現するアクセントになりそうだ。ただし、印象が強いだけに、LC-Aで撮った作品だけで一つのテーマを構成するのは照れる。カメラ(レンズ)の個性ばかりに頼った薄っぺらい表現はしたくない。「LOMOはほどほどに」が座右の銘になりそうだ。

最後に「目測ピント」という作品展のテーマに沿って。1mと1.5mと3mの距離感くらいは、それなりに長く写真を撮っている人ならば肌感覚になっていると思う。だからそうそう外すものではないと思う。僕は保険も兼ねてISO400のフィルムを使っている(200に減感も)が、フィルム1本につきピンぼけは1〜2枚程度だ。それもほとんどがピントの合わせ忘れ(ピント位置を確認せずにあわてて先にシャッターを押してしまったというケース)で、特に屋外スナップの場合は、「ちゃんと合わせたつもりなのに外した」というミスは非常に起きにくいと思う。あえて言えば、動きのある被写体には向かないのは確かなので、その点でもこういうカメラは心象風景向きだと思う。

by hoq2 | 2017-06-19 00:43 | カメラ | Trackback | Comments(0)

【21st Century Snapshotman】2017 4.30 学芸大学ー目黒不動ー中目黒 思い出の地の隣町を歩く


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僕はいわゆる帰国子女だが、その点を除けば東京育ちだ。子供時代は目黒区・品川区とラングーン、オタワ、ロンドンに、10代後半と30代は葛飾区と台東区に住んでいた。今は長野県に拠点を置きつつ、東京に仕事をしに週一くらいのペースで通っている。このブログに掲載しているストリート・スナップのシリーズは、その時に時間を見つけて撮っているものだ。

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そんなふうに東京に帰った際には、撮影場所選びにいくらか迷うのだが、子供の頃に住んでいた「懐かしい場所」を選ぶことも多い。今回は祐天寺の暗室つきギャラリー・カフェPaperpoolさんの合同展に参加した関係で、搬出入の合間に学芸大学駅近くから目黒不動を経て目黒駅の西側から中目黒を通って祐天寺に戻るコースを3時間ほどかけて歩いた。僕が子供の頃住んでいたのは、中目黒の先の目黒区東山と学芸大学の先の品川区小山台なので、微妙に思い出の地そのものには行かないという、ひねくれたコースである。

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要は子供の頃住んでいた町の隣町をぐるっと歩いたということなのだが、小学校高学年くらいになると自転車や電車・バスであちこち行くようになるわけで、「隣町」も僕にとっては十分にノスタルジックな雰囲気に包まれている。そういう場所を撮る際にやっかいなのは、心満たされた空気感を写真に込めたつもりでも、思い出補正が強すぎて「伝わらない写真」になりがちなことだ。個人の思い入れも大事だけど、僕は写真を通じて物事の普遍性(それも地味な日常の)を表現したいと常々思っているので、あまり思い出補正が強いのは困る。だから、思い出の地そのものを撮るのは苦手だった。

しかし、最近はそこを克服してきた感があり、以前よりも積極的に「懐かしい町」を撮っている。個人的な思いを込めた空気感と共に、普遍性の部分が少しでも伝わっていることを願う。

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それにしても、今回は縦位置が多い。それが理由かは分からないが、今回はいつもと違うことをしている。カメラ3台持ちで歩いた。いつもはボディ2台にレンズ最大5本と決めているのだが、今回はたまたま師匠的な人にライカM6とズミルックス35mm1.4を借りていて、ライカMマウントが自分のM6TTLとミノルタCLEと合わせて3台になっていた。しかも、それぞれファインダー倍率が違うという偶然。そうなると、M6TTL(0.85)に50mm、M6(0.72)に35mm、CLE(0.58倍)に28mmという、ファンダーが最も見やすい布陣を組んでみたくなるのが人情である。加えて、いつものMロッコール90mmと新戦力のカラースコパー21mmも持ち出した。

ズミルックスとM6のテスト撮影は以下の本ブログの投稿で、カラスコ21mmのテストはFBに投稿したので興味のある方はご覧いただきたい。




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ライカ(レンジファインダーカメラ)は、ブライトフレームの外側がある程度余った方が良い。画面外の絵面や動きを見ながら空間を切り取るイメージで撮るのが、一眼レフとの違いである。こと「町の空気感」「自己の心象」を撮る際にはこの「切り取る」というプロセスは非常に有効で、銀塩再開以降は、そういう狙いが強い時はライカを持ち出すことにしている。

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一方で、通行人を絡めたシャッターチャンス重視の出合い頭の光景をモノにするには、「一眼レフ・AE・MF」で直感的に撮る方が自分には合っている。ライカでおおざっぱな露出と目測ピンでノーファインダーぎみに撮るという木村伊兵衛スタイルも街頭スナップの王道なのであろうが、昭和45年生まれの一眼レフ世代の僕の身体に染み付いているのは、「一眼レフ・AE・MF」の方なのだ。

個人情報云々が過剰に言われ始めた時代を経て、人のいない山の中に越してから、しばらくは人を絡めた写真から離れていた。しかし、銀塩再開後に始めた「人のいない街頭スナップ」と、かつて盛んに撮っていた「人のいる街頭スナップ」が、最近はうまく融合しつつある。それをもっと深めるために、再び若い頃のように、AEで撮れる70年代後半以降のMF一眼レフでも白黒フィルムを撮っていきたいと思っている。

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話変わって上の写真の目黒不動の池。この小さな池には思い出がある。田舎に行けば全く相手にされないような水たまりレベルの汚い池なのだが、小エビなんかが捕れたりしたので小学生の頃はちょくちょく網を持って自転車で来ていた。そして、ある日、ここにスッポンが住んでいることが分かり、あの独特の豚鼻がかわいくてたまらず、飼いたくなってしまったのだ。その時の相棒の「マモタン」(AKA「エンマ」)というのも相当な悪ガキで、住職の目を盗みつつスッポン狩りに興じ、3回くらい通った末についにそのスッポンを網で捕らえることができた。ところが、今度は網の柄に噛み付いてどうしても離れなくなり、わーわーやっているうちに住職がバイクでご帰還。しかたなく、スッポンをぶら下げたまま網をかついで自転車で逃げ帰ったしだい。僕はその後しばらくして海外に引っ越したが、スッポンは少なくとも10年後くらいに訪ねた際には、マモタンの家の玄関先の大瓶の中で生きていた。

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「もう時効だよね」と、スッポンのことを思い出しつつお不動さんを参拝。昼時だったので山門の目の前の渋い中華屋でチャーシュー麺を食べた。まろやかでコクのあるスープに静かに満足した。といっても、ふつーうの味である。コダワリのナントカというようなハッタリは全くない。年月の積み重ねの中で自ずと出来上がっていったような、こういうイナカモノには分からない東京のおいしいラーメンがどんどん消えている。今、好き好んで田舎に住んでいることが証明しているように、僕は都会>田舎という発想は全くない(逆説的だが、そういう発想をする者こそがイナカモノである)が、国民全体が悪い意味でイナカモノになってしまったのではないか。ラーメンマニアではないのだが、全国どこへ行っても浅薄なプロデュース系ラーメンで溢れているのが、とてもむなしい。

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山手通りを渡って目黒通りの権之助坂方面へ。坂の上にある目黒駅は、かつての目蒲線(現目黒線)のターミナル駅であった。武蔵小山が最寄り駅だった子供時代の僕にとっては馴染み深い駅である。権之助坂の裏手の区民プールや駅ビルの中の模型屋、モデルガンショップ、軍服屋など思い出の場所は今はもうほとんどなくなっている。

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目黒駅までは行かずに、恵比寿方面に向かいつつ、中目黒から東横線沿いに戻る。このルートはあまり歩いたことがなく、新鮮だった。

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【使用機材】

Leica M6 TTL
Leica M6
Minolta CLE

Voigtländer Color Skopar 21mm F4
Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8
Leica Summilux 35mm F1.4
Leica Elmar-M 50mm F2.8
Minolta M-Rokkor 90mm F4


       

by hoq2 | 2017-06-13 00:03 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)