【21st Century Snapshot Man】2016 5/5 伊那・飯田 ぶらり各駅停車ズマロンの旅(後編/飯田)


c0035245_21324445.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

GW中の「飯田線ぶらり各駅停車の旅」、前編の続きです。

伊那市から再び乗車して、目的地の長野県飯田市に着いた。割とあちこち旅しているが、ここは全く初めての町だ。連休中にぽっかり空いた一日に企画した一人旅。ここをその目的地に選んだのは、日帰り圏内の「近くて遠い場所」だったからだ。第一印象は「日本のレスター」あるいは「日本のイエナ」。ちょっと寂しめの、マイナーな地方の中心都市と言えばそのまんまである。

c0035245_21452116.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_21465481.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_21484897.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

ヨーロッパの地方都市と比べてしまうのは、飯田に日本では珍しいラウンドアバウトが2つもある(実際、これを見るのが旅の目的の一つだった)ことに引っ張られているのだろう。はい、僕はイギリスに住んでいたことはあるけれど、実際にレスターには行ったことがありません。でも、岡崎選手と奇跡のプレミア制覇で日本でにわかに有名になったイングランド中部の地方都市である。それもあっての「なんとなく」なイメージ。片やイエナは、旧東ドイツの地方都市だが、そう、俺たちが大好きなカール・ツァイスの故郷だ。今回はたまたまウェッツラー製のライカとズマロンで撮っているが、僕はあくまでツァイス派である。イエナには、ベルリンで街頭スナップをしていた頃に、実際に行ったことがある。

下の2枚は、その時のもの。中心部の高層ビルの展望レストランから町の一角を一望。奥の大きな工場がツァイスレンズの硝材を作っているSchott社、その奥がカール・ツァイス・イエナの社屋だ。レスターでもオカザキ・ストリートなど優勝メンバーの名を冠した通りを作ろうという動きがあるらしいが、イエナにもツァイスの創始者の名を冠した「エルンスト・アッベ広場」や「カール・ツァイス広場」がある。プロサッカークラブの名称も『FC Carl Zeiss Jena』である。

c0035245_22054495.jpg

Canon EOS5D EF24-105 F4L IS USM

c0035245_22085248.jpg

Canon EOS5D EF16-35 F2.8L USM

飯田がある長野県も光学機器メーカーが多く、コンタックス時代のツァイスレンズは岡谷市の京セラ岡谷工場(旧ヤシカ)で作っていたし、今のツァイスレンズの多くは中野市のコシナで作っている。

話が横道に逸れてしまったが、ここで書いている飯田とレスター、イエナのイメージの重複は単なる僕の「伝わらない思い込み」である。この投稿のトップの写真のように、ドイツの20世紀前半の建築のような比較的重厚で直線的な古めの鉄筋コンクリート建築がちょこちょこあるのは事実だ。信州のさわやかな気候にもその気させられたのでしょう。好きなんです、こういう雰囲気。まあ、本物のドイツにはかなわないが、日本独自の良さでそこはカバーしたい。

c0035245_22251188.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22274069.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22290459.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22304587.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22321444.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22334841.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

そういうわけで、飯田は個人的にも期待以上に素敵な町だったのだけど、やはりいかんせん人が少ない。活気がない。寂しい。ヨーロッパの成熟しきった地方都市もやはり静かで活気が乏しいのだけど、連休のまっただ中でも「あっ、人だ!」とシャッターを切るレベルは度を越している。今、日本の地方は世界的にもかなりヤバいレベルまで衰退しています。少子高齢化・東京一極集中をまだ他人事のように感じている人は、どこでもいいから、中小規模の地方の中心都市を数時間歩いてほしい。色々考えさせられると思う。

少し前にTOKYO NOBODYという、人っ子一人いない東京の街頭スナップが話題になったけれど、今の日本では、東京や横浜、大阪以外で「NOBODY」を撮るのは簡単。『TOKYO NOBODY』は合成なしで早朝などに撮ったというけれど、長野県とかおそらく東北あたりでは、ゴールデン・ウィークの真っ昼間にスローシャッターも使わずに普通にNOBODY状態である。要は、『IIDA SOMEBODY』の方がずっと難しいのである。

c0035245_22413343.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22491061.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22502330.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22512985.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22525544.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

人がいない、活気がない。「しかし、そこがいい」というヒネクレ者も多いことであろう。特に僕のように、今時街頭スナップなどやっている奇特な日本人はなおさらだ。

フッとした町の光景にレンズを向ける。「シャキーン」と静かにシャッター音だけが無音の昼下がりの町に響く。確かに、そういうひとときは至福である。撮る瞬間の気持ちよさを第一に追求している今の僕の街頭スナップには特に、こういう町が合っているのかもしれない。それは、メカニカルなフィルムカメラでないと演出しきれない時間でもある。

c0035245_23051091.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23064571.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23080909.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23091411.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23102433.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23112718.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23123170.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

レスターだのイエナだの出したのは、この旅の最後に追手町小学校に出会ったことも大きく影響している。1929(昭和4)年に建てられた現役の戦前の鉄筋コンクリート校舎である。「鉄筋コンクリート」というと味も素っ気もないというイメージを持つかもしれないが、僕は20世紀の鉄筋コンクリート建築が大好物である。東京の丸の内からはだいぶ「帝都」の面影は消えてしまったが、地方でこういう建物が現役で使われているのを見ると嬉しくなる(外観の見学は自由だが、学校が開いている平日の日中はほどほどにしましょう)。

c0035245_23203302.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23213351.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23223570.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23233834.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23244492.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23255757.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23292497.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

ともかく、仕事も何も絡まずに純粋にこういう写真を撮るためだけに旅をしたのは久々だった。やはり、街頭スナップはいいものだ。

c0035245_23282593.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23312515.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23320820.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23331127.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23342693.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23361355.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

それから、今回の旅で初めて試みた「ライカによる35mm一本勝負」。これまでの写真人生でずっと避けてきた王道の一つだけど、今後自分のレパートリーに加えていきたいという手応えを感じた。田舎では的がやや遠くなるが、それが今の日本の地方の寂寞感には合っているとも思う。都会では、王道通り程よい距離感をつかむことが、今の自分ならできるであろう。

c0035245_23420397.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23430924.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23441886.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23453969.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23465867.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23483919.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_23494864.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

 

   
     
   



by hoq2 | 2016-05-24 00:06 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)

【21st Century Snapshot Man】2016 5/5 伊那・飯田 ぶらり各駅停車ズマロンの旅(前編/伊那)


c0035245_22001124.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

人間の目の画角に科学的に一番近いのは50mm、感覚的に近いのは35mmと言われる。そして、街頭スナップの基本はやはりレンズ交換なしの1本勝負である(当然ズームレンズは論外)。僕の場合、写真を始めた高校生の時には、最初は50mmしか持っていなかったので普通に50mm一本勝負だったが、当時は50mmで街頭スナップやスクール・スナップを撮っていると狭くてしょうがなかった。写真部の仲間と「50mmは望遠だ!」と悪態をつきながら、当時新宿ヨドバシの地下にあった中古売り場や今もある新宿東口のアルプス堂あたりに行っては、コンタックスのディスタゴン28mmを欲しい欲しいと眺めていた。

c0035245_20143295.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

高2の夏くらいに念願叶ってD28(もちろん中古の2.8J)を手に入れると、中古並品C級ボロボロの初代RTSにつけて、しばらく28mmばっかりで撮っていた。今にして思えば当時はセンスだけが頼りで、確信を持ってフレーミングする技量がなかったから、潔く切り取ることができず「広く広く」となっていたのだと思う。「俺にとっては広角が標準だ」と豪語して「迷い」をごまかしていたのだ。実際、写真経験を重ねて基礎が固まるにしたがい普通に50mmが標準になり、望遠も使えるようになっていった。今では50mmと28mmの2本持ちが一番しっくり来る。余裕がある時にはこれに85mmか90mm、あるいは最近なら100mmマクロの中望遠を加える。前回モノクロフィルム街頭スナップシリーズ【21st Century Snapshot Man】の善光寺編では、18mmも使っているが、慣れればどんな画角でも形にはなる。まがりなりにもプロとして写真を撮っている者なら誰でも、どんな道具でも最低限の仕事はできるし、できなければ話にならない。こういうプライベートな写真とてそれは同じだと思う。

c0035245_20184029.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

とはいえ、人には苦手というものがあって、僕にとってはそれは「35mm」と「ライカ」であった。だから、まさか自分がデジタル時代も深まった今になって、その両方で街頭スナップするとは思ってもみなかった。50mmと28mmから入ったのが要因かは分からないけれど、35mmは自分にとってはちっとも「標準」だとは感じられなかった。中途半端すぎる。「だったら50と28の2本でやるわ」とずっと言ってきた。ライカが苦手だったのは、しっとりと落ち着いた仕上がりを照れていたから。要は貧乏人の意地でしょう。

ともかく、今さら変な意地や照れもないし、レンズの画角に関して苦手感もなにもない境地までまがりなりにも来ているという自覚もあり、思いがけずM6を入手したのを機に、密かに「ライカ中のライカレンズ」と憧れていたズマロンのサンハンを買い足して、45歳にして苦手の「ライカで35mm1本勝負」に繰り出した。それには、「らしい」旅が良かろうと、よく晴れたGWの子供の日に、南信(南信州=長野県南部)のローカル線・飯田線のぶらり各駅停車の旅に出た。蓼科高原にある自宅から車を一時間ほど飛ばして、飯田線最寄りの辰野駅から乗車。まずは伊那市駅で降りた。

c0035245_20320989.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_20342803.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_20370555.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_20390941.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

伊那で途中下車したのにはちゃんとした理由がある。ローメンを食べるためだ。羊肉の汁少なめラーメン(あるいは汁焼きそば)である。僕は、肉の中で羊肉が一番好きだ。臭みを嫌う人が多いが、それこそが「旨味」である。だから、ラムよりもマトンがもっと好きだ。ローメンは日本では珍しくマトンを使う料理なので、羊肉文化が弱い日本にあっては、真正の羊味が味わえる貴重な貴重なB級グルメである。だから、食べ物にうるさいのは下品だというのが僕の持論だが、ローメンだけはリピートしたいとずっと思っていた。前回訪問時が初ローメンだったが、その時と同じ「発祥の店」を今回も訪れた。

ちなみに、前回の伊那訪問は車で。写真もカラーのデジタルである。下はその時の一枚。2015年6月なのでほぼ一年前だが、当然ながら、町の様子は変わっていないが、僕の視点は変わったかもしれない。

c0035245_20531173.jpg

Canon EOS5D Mark3 Carl Zeiss Distagon 28mm F2 ZE

今回食べたローメンの大盛。味はあまりついてない。ソースと酢とおろしニンニクで自分で味付けするからだ。マトンダシだし、そういう面倒で画一的でない食べ物は若い人は苦手だと思う。だから、平成世代や好き嫌いが多いうえに味にうるさいバブル世代周辺にも別にオススメしません。実際、『美味しんぼ』的なセンスでは、決して美味なわけではない。雁屋哲嫌いの僕には、うってつけな食べ物である。

c0035245_21041392.jpg


羊肉で元気になったところで、駅に戻りつつ撮影続行。線路沿いに商店街や飲み屋街、ちょっとしたアーケードがあったりして、なかなか風情がある。でも、地方の町に来るといつも思うが、シャッター街になる前の活気ある姿を見たかった。逆に、日本がまだ元気だった1980〜2000年代頃はもう少し町が寂れているといいのにな、と思ったりしたものだ。そう、適当に町を歩き回って写真を撮る人間なんて勝手なものなのです。そこのところ、自覚して謙虚にやっていきましょう。

c0035245_01291252.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

一年前に上の写真と同じ場所でカラー・デジタルで撮ったのが下の写真。やっぱりモノクロフィルムに回帰した今とはだいぶ意識が違う。こういうことも分かるから、同じ場所に時間を置いて帰ってきたり、定期的に通うことには意味があると思う。

c0035245_01334683.jpg

Sony α7II Contax Carl Zeiss Distagon 18mm F4

c0035245_01372092.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_01384165.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_01405951.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

さて、今回の35mm一本勝負、序盤戦の手応えはというと、35mmだけで撮ってるんだということをそのうち忘れていたというくらい、スッと入ってチャッチャと撮リ続けたという感じだ。一眼レフで覗いた35mmは、今の僕の感覚だと昔と逆で「結構広角だなあ」という感じなのだが、ライカだとちょうどいい。僕のM6は0.85倍ファインダーなので35mm枠は視野のギリギリいっぱい、つまり一眼レフの見え方に近いのだが、それでも一眼とレンジファインダーは感覚が随分違うものである。これなら35mmという万能レンズを苦手感なく使える。

c0035245_01431275.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_01451040.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_21535995.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

モノクロフィルムの街頭スナップを再開して、以前と最も変わったのは、被写体と正対ぎみにスッと淡々と、なおかつ丁寧に撮るようになったことだと思う。奇をてらったり、個性を前面にアピールするような撮り方からは卒業した。いや、そういう若さも自分の中にはずっと残して行きたいが、このモノクロフィルムの街頭スナップはオトナの写真でいきたい。パンフォーカスで静かに空気感を切り取る中に、偶然性やアクシデンタルなものが入ってくれば最高だと思う。写真が絵画と違うところは「事実は小説よりも奇なり」ではないが、自分の意志で撮っているつもりが、客観的な事実や現象が積み上がっていって予想外に面白くなっていく所である。

さらに、現像→プリント(スキャン)という作業を経て、自分で撮った写真なのにそこに初めて見る世界があらためて印画紙やモニターに広がる。作品作りの動機が自己顕示欲だとすれば、写真はあまりにも地味な表現手段だ(もちろん、「これを撮った人はすごいなあ!」と思わせる写真はたくさんあるが・・・)。究極的な写真の楽しみ方って、自分が撮ったとか誰が撮ったかとか全く関係なく、写真そのものを作家や個から独立した世界として見ることじゃなかろうか。その点では、シャッターを押してから出来上がりまでにタイムラグと比較的面倒なプロセスがあるフィルムの方が面白い。根本的な部分はデジタルも同じだとはいえ、自家現像=モノクロにこだわる理由はそんな所にもある。

c0035245_22352055.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22370632.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22403246.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

電車の時間が迫ってきたので伊那市駅に戻る。

c0035245_22504853.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22521885.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

c0035245_22533617.jpg

Leica M6TTL Summaron 35mm F3.5 Ilford HP5 Plus

ローカル線は一本逃すと大変だ。ぶらり街頭スナップは楽しくてきりがなくなるので、ある程度時間で区切りがつくのはかえってありがたい。次の下車駅は飯田。(後編に続く)

   
     
   

by hoq2 | 2016-05-15 23:51 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(2)

【21st Century Snapshot Man】2016 5/2 長野・ 善光寺


c0035245_13002397.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

前回でモノクロフィルム復帰の習作は終わり。モノクロ街頭スナップへの回帰(習作1=長野県茅野市湯川)モノクロ街頭スナップへの回帰(習作2/横浜・鶴見) で書いたやり方で、GW中に3回撮影に臨んだ。

この新シリーズのタイトルは『21st Century Snapshot Man』(21世紀の街頭スナップ男)としておこう。その第1回目は長野・善光寺。長野市内での取材の前に2時間ほど周辺を歩いた。長野市は僕が自宅を構える蓼科山中からは同じ県内と言っても遠い。どの交通機関を使っても八王子あたりに出て行くのとそう変わらないので、わざわざ行く機会は少ない。とは言っても、仕事やらなんやら通算10回くらいは行っているのだが、長野といえば善光寺。2度目のお参りになるが、モノクロの正統派街頭スナップをするのは今回が初めてになる。少し離れた所に車を停め、コンタックスS2とライカM6・レンズ4本という装備多めで街頭にレンズを向けつつ、参道に向かった。

c0035245_13171897.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

c0035245_13193478.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Planar 50mm F1.4 Ilford HP5 Plus

c0035245_13240339.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Makro Planar 100mm F2.8 Ilford HP5 Plus

c0035245_13270026.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Makro Planar 100mm F2.8 Ilford HP5 Plus

僕の感覚では、長野市は県庁所在地としては小さな町である。正直「えっ?これが県庁所在地?」と今でも思っているし、全国ほとんどの県庁所在地には行ったことがあるが、鳥取市あたりに次ぐ“小さな都会”だと思う。実際はどうなのかと今調べたら、47都道府県で人口26位・人口密度38位で真ん中より少し下という位置づけであった。冷静に考えればそんな所だろうな、と思いつつ、例えば前橋と高崎のように大きな町が隣接して地方都市圏を作っているわけではないので、実際よりも田舎に感じられるのかもしれない。とはいえ、僕が普段暮らしている山からおりた所にある諏訪地域の「町」に比べれば間違いなく「街」であり、最近の疲弊した地方の中心市街地の多くのように通行人が全くいないというわけではない。当然、世界的にも有名な観光地である善光寺参道にはいつも人がいる。つまり、通行人を絡めた形の「ストリート・スナップ」がギリギリ成立する舞台であり、同時に「人のいない街頭風景」を切り取るのにもちょうど良い。

c0035245_13442988.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Distagon 18mm F4 Ilford HP5 Plus

c0035245_13472659.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Distagon 18mm F4 Ilford HP5 Plus

c0035245_13495885.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

c0035245_13514157.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

昔、ライカ同盟のトークイベントを取材したことがあるが、赤瀬川原平さんが「ペンキ塗りたては撮りにくい」と言っていた。建物や街に転がる物体、さらには人間にしてもある程度風化してその場に定着しないと色気が生まれない。街頭スナップと色気は切り離せない。真新しいものには写欲がわかない。そういう意味だと僕は解釈しているし、実際そうだと思う。自然、僕自身も30年以上は経過した町並みや老人にばかりレンズを向ける傾向は、写真を始めた高校生の頃から変わらない。要は、自分が生きている時代と同時代的なものはつまらない。観光地として成立するのも、極端に新しいか古いか、そんな場所だ。

いや、それを打破しようと、あるいはそうした「意識高い系」の常識に反発していた時期もあった。同時代的な「つまらないもの」を意識してあえて撮ったりということを実際にしばらくやってもみた。しかし、今、また元の場所に帰ってきた。何かを否定するからには、最低限それを経験してからすべきである。否定するものこそ、自分のものになるまで反復練習しなければならない。その過程をしっかり踏まえていなければ、今帰ってきた場所が以前よりも奥行きが深い場所となることはないだろう。

c0035245_14165407.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Planar 50mm F1.4 Ilford HP5 Plus

c0035245_14184163.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

c0035245_14211166.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Planar 50mm F1.4 Ilford HP5 Plus

この長野市に限らず、地方都市にはまだまだ色気のある風景がたくさん残っている。しかし、古い建物の多くは空き家になっていたりして、朽ち果てようとしている。廃墟ということになれば、それは死んでいるので、「色気のある風景」とはまた別物である。だから、古いもの、少なくとも昭和の名残がまだ生きているうちに撮っておきたいという焦りはある。まあ、昭和が滅べばまた新しい写欲を掻き立てるものが必ず出てくるので、そう心配することもないのだが。

反対に、10年20年前にあれほど面白がって撮っていた東京は、今はつまらない街になってしまった。「夜中の無人の街にすら人気(ひとけ)がある」というヨーロッパあたりの街にはない活気が、完全に失せてしまったように思う。さらには、アナログ的な、街並みの表に出てきているものが形骸化している。これは東京だけの問題ではなく、バーチャルな世界の広がりと共に、世界中でリアルな「都市」という概念そのものが再構築の最中だとも言えよう。それが定着して熟すのにあと30年はかかるかなあ。その時に自分はまだ生きていて、写真を撮れるほどの元気さが残っているだろうか。

c0035245_14242713.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Makro Planar 100mm F2.8 Ilford HP5 Plus

c0035245_14261180.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Makro Planar 100mm F2.8 Ilford HP5 Plus

c0035245_14273606.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

さて、今回は初めてイルフォードのHP5 Plusを本格的に使ったが、粒状性などの基本的な性質はTRI-Xと同等だが、TRI-Xよりも軟調な仕上がりである。ちょうど良い塩梅でシャドウが潰れずハイライトは飛ばないということで贔屓にしている人が多いのは知っていたが、僕はもともとそういう安定感よりも、ピーキーで尖っていて危うい表現が好きなのでライカと同じく避けてきた。即ちツァイス(コンタックス)+コダックという組み合わせで頑張ってきたわけだが、今になってライカとイルフォードを取り入れたのは、やはり自分の内面の変化と加齢と共に、「若さ」よりも「円熟」へ好みがシフトしてきたからであろう。しかし、それに甘んじてはいけない。「円熟」が「保守」にならないように、そこはしっかりと意識を強く持ちたい。

c0035245_14384281.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Makro Planar 100mm F2.8 Ilford HP5 Plus

c0035245_14410628.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Makro Planar 100mm F2.8 Ilford HP5 Plus

c0035245_14455498.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Distagon 18mm F4 Ilford HP5 Plus

c0035245_14472094.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Distagon 18mm F4 Ilford HP5 Plus

HP5 Plusは、トーンが豊かだからアナログの引き伸ばしプリントだったら非常に焼きやすいと思う。ところが、スキャンデータの作成は少なくとも僕のやり方と環境では、簡単ではない。そのままでは眠い仕上がりになるので、階調の豊かさを維持しながら「締める」作業が必要になる。結果、TRI-Xを同等に処理するのに比べ、2、3手数が増えている。結果はTRI-Xより気に入っているし、手数を減らす目的でネガをもっと硬調に仕上げるのは違うのであろうと思う。

c0035245_14563684.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

c0035245_14580578.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

c0035245_15003100.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

c0035245_15021736.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

c0035245_15041007.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

フィルムからスキャンデータを作るのは、暗室でのプリント作業よりも難しいかも知れない。デジタルな作業だから職人的な手仕事の鍛錬はいらないかもしれないが、完全に機械任せだとひどいものしかできない。web上には、それ以上先に進めていないモノもかなり出ている。機械いじりを楽しむことがメインのいわゆるカメラオタクのデータはたいていそんな感じかもしれない。本当に「写真」が好きではないのであれば、そういう人ほど意地を張らずにデジタルに早く移行した方がいい。

じゃあ、具体的にどうすればいいのさ、という問いに対する答えはここには書かない。以前なら書いていたと思うが、ネットの普及と共に安易に「答え探し」をしただけで満足してしまう輩が増えすぎた。いや、増えたというより、自分がもう辟易として根負けしてしまった。自分で考えて手を動かして、失敗しながらたどり着かないと何の意味のないものを、誰かが導いた「答え」を見つけただけで分かったつもりになる。あまつさえ、自分がその道のプロになったかのように、実際に作品を世に出してドヤ顔をする。そういうのは、以前は「カンニング」と言ったのだけどね。もちろん、フィルムの現像データなどみんなが同じようなことをしているものは、ネットを利用してどんどん情報を共有すればいい。そういうドライな部分に泥臭い部分が、飲み込まれてしまっている。デジタルネイティブだと思われている世代は、実はデジタル環境やインターネットによる情報共有をまだまだ使いこなせてないのではないかと思う。

再び強調したいが、僕はプライベート作品ではこのようにフィルムへの回帰「も」したが、仕事を含めた写真のメインはあくまでデジタルであり、そのテクノロジーをむしろ大歓迎している。言い方を変えれば、デジタルとアナログのどちらがいいかという二元論の対立ほど不毛な議論はないと思っている。しかし、安易な「答え合わせ」をカンニング行為だと恥じ入ることができないような下品さは受け入れられない。

c0035245_15221876.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Makro Planar 100mm F2.8 Ilford HP5 Plus

c0035245_15250230.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Makro Planar 100mm F2.8 Ilford HP5 Plus

c0035245_15261297.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

c0035245_15274143.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Makro Planar 100mm F2.8 Ilford HP5 Plus

c0035245_15292966.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

c0035245_15311508.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM Ilford HP5 Plus

地方の中心都市に行くと、Uターンした若者が始めたような古い家や蔵を改装したオシャレなカフェがたくさんある。ここ長野も例外ではなく、善光寺の周辺だけでもかなりの数があった。ただ、先の「ペンキ塗りたて」論ではないが、建物自体が古くても役割が新しいものにはなかなか写欲が沸かない。もちろん、そういう再利用を否定しているわけではなく、むしろ良い傾向と思っている。ただ、映画や車、そしてカメラ(レンズ)にもある「リメイク」を見渡せば、その難しさが分かる。リメイクには、まったく新しいものを作り出すよりもさらに高度なセンスが求められるように思う。予算がかけられないこの時代の日本では、なおさらだ。薄っぺらさが透けて見える「リメイク」や「回帰」にならないよう、僕も気をつけたい。

c0035245_15411399.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Distagon 18mm F4 Ilford HP5 Plus

c0035245_15423754.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Planar 50mm F1.4 Ilford HP5 Plus

c0035245_15464591.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Makro Planar 100mm F2.8 Ilford HP5 Plus

c0035245_15485580.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Makro Planar 100mm F2.8 Ilford HP5 Plus

善光寺から少し中心市街地方面に歩いた所で時間切れ。こちらはなかなか奥が深そうである。次の機会に、長野に再チャレンジしたい。

c0035245_16293120.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Planar 50mm F1.4 Ilford HP5 Plus

c0035245_16304540.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Planar 50mm F1.4 Ilford HP5 Plus

c0035245_16320406.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Planar 50mm F1.4 Ilford HP5 Plus

c0035245_16331825.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Planar 50mm F1.4 Ilford HP5 Plus

c0035245_16343466.jpg

Contax S2 Carl Zeiss Planar 50mm F1.4 Ilford HP5 Plus


  
   

by hoq2 | 2016-05-11 20:30 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(2)

モノクロ街頭スナップへの回帰(習作2/横浜・鶴見)

c0035245_00232733.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

前回のこのカテゴリの投稿モノクロ街頭スナップへの回帰(習作1=長野県茅野市湯川) で、往時のカンを取り戻すリハビリ的な撮影をしたのだが、今回はモノクロフィルム写真復帰2度目にして最後の習作である。これからのストリート・スナップでは、10代から30代にかけてモノクロフィルムでやっていた都会の街頭スナップと、40代で蓼科に移住後カラーのデジタル写真で始めたNagano Snapshotの融合を目指す。前者からは通行人を効果的に絡める反射神経を、後者からは人のいない情景から空気感を取り込むセンスを、それぞれ発展的に取り入れて新境地を目指したい。

前回の習作はNagano Snapshot寄りの「田舎」の「晴天」だったが、今回はBerlin + Tokyo寄りの「都会」の「曇天」。TRI-Xを詰めたライカを手に街へ帰って、自分のストリート・スナップがどう変わったか確かめるのが一つ。技術的な面や道具をどうするのか確認するのが二つ目の目的である。撮影場所は横浜の鶴見線沿線。たまたま鶴見小野駅近くで仕事があったので、その帰りに周辺を歩いたのだが、この辺りは好きで昔から何度も来ている。戦後20世紀の京浜工業地帯の雰囲気が色濃いこの地域は、その延長にある品川区で少年時代を過ごした僕にとっては、追憶の街なのだ。

持って行ったのはボディ1台にレンズ2本。M6TTLとキャノンLマウントの50mm1.8・ビオゴン28mm2.8ZM。

c0035245_00584992.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_01033422.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_01051631.jpg

Leica M6TTL Canon 50mm F.18(Lマウント) TRI-X

写真の精神的な部分はこれ以降の本番撮影で追い追い語っていくとして、まずは使用機材の結論から。フィルム撮影再開を決意した時点では手持ちのニコンとライカで行こうと思っていたのだが、その後、再開を知った大学時代の写真仲間からフィルム現像道具一式をもらい、さらに銀塩をやめた時に売却したコンタックスS2とプラナー50mmを買い戻すという展開があった。その直前に現像セットを自分で買っていたので色々とダブってしまったのだが、それにより道具的には余裕を持ってフィルム撮影が進められることになった。結局、一眼レフは以前と同じコンタックス(レンズはデジタル用にも持っていたのでもともとある程度揃っている)、それにライカを組み合わせていく形に落ち着いた。その他に電池の液漏れで死んでいたミノルタの露出計を再生させたり、ライカ用に新たにズマロン35mmを買い足したりした。

c0035245_01234582.jpg


(モノクロフィルム撮影機材 2016版)

コンタックスS2=時代が変わっても陳腐化しないフルメカニカル機。かつてはRTSがメインでこれはサブ機だったが、修理が難しい今は耐久性が高いS2がベストだろう。マニュアル露出・手動巻き上げで1枚ずつじっくり撮っていく今のスタイルにも合っている

プラナー50mm F1.4 = 高校時代から長年慣れ親しんだレンズ。この個体は製造中止後の最後のデッドストックを新品で入手したもの。
ディスタゴン18mm F4 =デジタル移行後、α7II用に入手したもの。
マクロプラナー100mm F2.8=こちらもα7IIで花を撮影するために使っているものを流用。
ゾナー180mm F2.8=オリンピアゾナー。銀塩時代から愛用していた名玉。この個体はデジタル用に買い直し、最近OHしたもの。

◎ライカM6TTL=ツァイス派の僕はライカをずっと避けてきた。手にしたらハマって高いレンズに散財するのが分かっていたから。しかし、最近アマチュアカメラマンの義理の母にM6をもらったのが、銀塩復帰のきっかけの一つになった。

ツァイス・ビオゴン28mm F2.8=ボディと一緒にもらった。かつて愛用していたコンタックスG用ビオゴンと同等のレンズなので嬉しい。ボディが28mmフレームが出ない0.85タイプなので、28mmファインダーを新たに入手。
ズマロン 35mm F3.5=やはりライカの王道は35mm1本での目測ピントのパンフォーカス撮影。ライカらしいしっとりとした色気のある絵を求めてMマウント初期のズマロンを買い足した。本来はM3用(50mmブライトフレーム対応)だが、M6で35mmフレームが出るようにマウント加工済。
キャノン50mm F1.8(Lマウント)=これも義理の母にもらったもの。記念すべきキャノン初の独自生産レンズだそうだ。ライカにつけて遜色ないシャープな写り。

あとは、コンタックス用にディスタゴン25mm、ライカ用にエルマー50mmがあれば完璧。予算と出物待ち。

それから、どちらもAEがないので、露出計を引っ張りだした。高校時代に友人の父のプロカメラマンにもらったフルメカニカルのセコニック・スタジオデラックスは残念ながら正常に作動せず(当時から怪しかったからくれたのだが)。デジタル式のミノルタ・オートメーターIVは、入れっぱなしの単三電池が見事に液漏れしていて電源が入らなかったが、きれいにクリーニングしたら無事再生。一方、この後、晴天・曇天・夜間・屋内と一通り撮影してみて、案外自分の頭の中の「俺露出計」がまだ正確だった。それでも、ミノルタメーターはお守りとして持っていたい。スマホアプリの露出計よりはずっと心強い。

c0035245_02071138.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_02094520.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_02110125.jpg

Leica M6TTL Canon 50mm F.18(Lマウント) TRI-X

フィルムは習作2作は基本中の基本ということでTRI-Xを使ったが、高すぎる!その乾いた描写は好みだが、往時に最後に常用していたT-MAXはもっと高いので論外。妥協は良くないが、現実的に無理なく続けられなければ。その折、件の友人から100フィートロールのフィルムローダーを貰ったので、「懐かしいなあ」という思いと共に、まだリーズナブルな価格で100ftロールが入手できるイルフォードのHP5 Plusを常用することにした。TRI-Xと同等の伝統的な高感度フィルムだが、TRI-Xよりもトーンが滑らかでフジの旧400プレストほどは情緒的にはならないというイメージを持っている。汎用パトローネ(昔はヨドバシで使用済みパトローネが「自由に持って行ってください」とダンボールいっぱいに置いてあったが・・・)に巻いたフィルムはイギリスのファッジの空き缶に入れて携行。ISO400のまま常用してNDフィルターと増感現像で調整して使っていく。

c0035245_02322024.jpg


c0035245_02341927.jpg


現像タンクも使い慣れたLPLのステンレス(4本タイプ)を貰ったので、同じく貰った自動巻き・回転撹拌タイプのパターソン(2本用)と併用する。現像液は液体タイプを使い捨てるのが楽かと思い、今のところT-MAXデベロッパーを1:7で指定の1:4の1.5倍の現像時間で使っている。でも、やっぱりD-76の1:1が良いのだろうと思う。T-MAX Devを使い切ったら、ID-11(イルフォード版のD-76)の1:1を試したいと思う。

c0035245_02364975.jpg


c0035245_02404299.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_02433804.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_02472796.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_02495419.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_02515807.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

フィルムからデジタルへの過渡期には、フィルムスキャナーの時代があった。僕は当時新聞社でカメラマンをしていたので、デジタル化への対応はかなり早かったのだが、フィルムスキャナーが主力の時代が3~4年は続いたと思う。個人の作品撮りでも『Berlin + Tokyo』の写真集と個展もスキャンデータからの印刷とインクジェットプリントであった。会社ではニコンのCoolscan、自宅ではミノルタのDimage Scanを使っていたが、そのDimage Scan Elite5400は捨てずに取ってある(最近も仕事で古い写真の電子化などの際に活用していた)。ただ、現在のIntel Macには対応しておらず、このために取ってあるimac G4を引っ張り出すのが少々難儀であった。それが、今回のフィルム再開にあたり調べてみると、VUE Scanという汎用ドライバーを使えば最新版のMacやPCでも動作することが分かった。Macのパワーが当時と段違いなことも手伝って、スキャン作業は見違えるほど快適になった。

データは基本、Dimage Scan Eliteの能力の半分の2700dpi(A4サイズ)で作成。懐古主義でやっているのではなく「現代のフィルム写真」を追求したいので、粒状感の強調と最新のデジタル写真に見劣りしないシャープネスの両立を目指している。そのあたり、スキャン時の設定やPhotoshopでの最終調整でいくつか独特のことをしている。RGBのモノクロ表現ではなく、完全なグレースケール。「温黒調」「冷黒調」といったトーンの調整はデータ上ではなく、プリントする際にインクジェットプリンターの出力時の調整で行う。プリントする機会はそうはないとは思うが、データはネット上に公開するものなので、見る人それぞれのモニターで最適なトーンを出すのは不可能。特にRGBのモノクロはちょっとした色転びで全く違った見え方になるので、これまでの経験から「トーンはプリントで見せるもの」だという結論に至った。

c0035245_03143756.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_03161041.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_03181522.jpg

Leica M6TTL Canon 50mm F.18(Lマウント) TRI-X

c0035245_03201432.jpg

Leica M6TTL Canon 50mm F.18(Lマウント) TRI-X

c0035245_03225757.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_03254268.jpg

Leica M6TTL Canon 50mm F.18(Lマウント) TRI-X

c0035245_03273960.jpg

Leica M6TTL Canon 50mm F.18(Lマウント) TRI-X
]

c0035245_03294457.jpg

Leica M6TTL Canon 50mm F.18(Lマウント) TRI-X

デジタルとフィルムの違いは色々あるが、習作を2つ撮り終えて新たに気づいたのは、デジタルは個人主義的で内向的であり、フィルム撮影は比較的そうでもないということだ。もちろん、写真撮影は根本的には孤独な行為なのだが、若いころここに掲載しているような写真を撮っていた時には友だちと一緒に街を歩き回って撮ったり、撮影行に行ったりしていた。しかし、デジタル写真でそれをすることは想像できないし、したこともない。自分が変わったという要素を除けば、モニターとにらめっこをしたり、その場で結果が出たりするデジタル写真はどうしても「自己完結型」である。フィルムで撮っていた頃は、シャッターを切ったらその場は終わりだから、仲間と行動を共にしながら撮影する広がりというのか、ゆとりがあったように思う。

それを思うと、人と一緒に撮影行をする楽しみをまた味わってみたいな、とも密かに思っている。出戻りでもフィルム初心者でも良いので、興味があればぜひ。機材や現像用品も予備が揃っているので使ってください(笑)。

c0035245_03431611.jpg

Leica M6TTL Canon 50mm F.18(Lマウント) TRI-X

c0035245_03443276.jpg

Leica M6TTL Canon 50mm F.18(Lマウント) TRI-X

c0035245_03455650.jpg

Leica M6TTL Canon 50mm F.18(Lマウント) TRI-X

c0035245_03474799.jpg

Leica M6TTL Canon 50mm F.18(Lマウント) TRI-X

c0035245_03490365.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_03505249.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_03530909.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_03543570.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8 ZM TRI-X

c0035245_03551795.jpg




【使用機材】

   

by hoq2 | 2016-05-09 11:01 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(2)

御柱祭 里曳き

c0035245_09282317.jpg


今年は7年に一度の信州・諏訪大社の御柱祭が開催された。地域住民であれば誰でも諏訪大社の氏子であり、蓼科の別荘地で山暮らしをしている僕のような移住民にも参加資格がある。とはいえ、移住後初の御柱イヤーであり、職業柄もあって、今年は客観的な撮影と観光客的な立場からの見物を決め込んだ。

御柱祭は諏訪大社の祭礼だが、諏訪大社は「上社」と「下社」に分かれ、上社には「本宮」(諏訪市)「前宮」(茅野市)、下社には「春宮」「秋宮」(下諏訪町)と社殿が2つある。上社と下社は歴史的にライバル関係にあり、4〜5月にわたって行われる御柱祭の日程・曳行コースも異なる。内容も微妙に違う部分があり、全国ニュースで紹介されるハイライトシーンはたいてい下社の「木落し」か上社の「川越し」である。

c0035245_09584203.jpg


c0035245_10020193.jpg


僕は上社の氏子ということもあって、仕事としては4月4日の上社の「木落し」と「川越し」を撮影し、フォトエッセイとしてweb媒体の『THE PAGE』と『Yahooニュース』に同時掲載されている。御柱の実際の様子を知りたい方はぜひ、下記のリンクからご一読願いたい。

日本三大奇祭「御柱祭」は本当に“奇妙”な祭りなのか?THE PAGE
日本三大奇祭「御柱祭」は本当に“奇妙”な祭りなのか?Yahooニュース
※THE PAGEとYahooは同じ内容でレウアウトが異なります。THE PAGEは写真が大きく、Yahooは文章メインです。


記事未掲載分を含めた写真をまとめた写真特集も掲載されています。
【写真特集】諏訪大社の御柱祭 上社の「山出し」を追う

さて、上記の「木落し」と「川越し」は、八ヶ岳山麓から茅野市の市街地まで御柱を曳行する「山出し」のメインイベントである。「山出し」の終点は「川越し」で宮川を渡った先の本宮と前宮の数キロ手前の地点で、ここで載せるのは、そこから境内まで運ぶ5月3日の「里曳き」の写真だ。今回は仕事は絡んでおらず、完全に観光客モードで気楽に撮影した。従って、ちゃんと法被を用意して曳行を手伝った氏子か有料の桟敷席を購入した者しか入れない境内までは追っていない。

c0035245_10145877.jpg

里曳き開始前に続々と氏子が地区ごとの旗を手に、それぞれの御柱の周囲に集まります。

c0035245_10191567.jpg


c0035245_10211758.jpg


曳行開始前、御柱本体にV字型に取り付けた「メドデコ」に乗った人たちが気勢を上げる

c0035245_10262954.jpg


c0035245_10291898.jpg


c0035245_10415349.jpg



伝統の「木遣り唄」を合図に、綱を曳く

c0035245_10481024.jpg


c0035245_10482495.jpg


c0035245_10484725.jpg


c0035245_10485994.jpg


曳行中は、ラッパ隊や太鼓が盛り上げます

c0035245_10340375.jpg


c0035245_10345420.jpg


c0035245_10351014.jpg


c0035245_11032566.jpg


c0035245_11060607.jpg


c0035245_11081496.jpg


c0035245_11101980.jpg


c0035245_11121916.jpg


c0035245_11151461.jpg


c0035245_11152519.jpg


諏訪の人たちは、普段は真面目で大人しい。寡黙で内向的と言ってもいい。御柱も非常に真面目に運営されているのだが、写真であらためて人々の表情を見ると、晴れやかで開放感に満ちている。山出しの時もそうだったが、思った以上に観光客が少ない一方で、町が閑散とするほど地元の人たちのほとんどは参加・見物している。元来はアトラクションやイベントの撮影には全く興味がないのだが、こういう生きた祭りは撮っていて楽しい。

c0035245_11231436.jpg


c0035245_11243064.jpg


c0035245_11260392.jpg


c0035245_11301656.jpg


c0035245_11361787.jpg


御柱の最終的な目的は本宮と前宮の境内に4本ずつ柱を立てることだ。その計8本を山で切り出し、人力で曳いてくる。1本を5、6の地区ごとに担当する。ここまでは「本宮四」、ここからは「前宮一」の柱。


c0035245_11383531.jpg


c0035245_11481854.jpg


c0035245_11495956.jpg


c0035245_11513761.jpg


c0035245_11533578.jpg


そして、我が北山地区の「前宮二」の柱がスタート。

c0035245_11565397.jpg


c0035245_11593021.jpg


c0035245_11593056.jpg


c0035245_11593029.jpg


c0035245_12025866.jpg


c0035245_12025829.jpg


c0035245_12025885.jpg


c0035245_12055518.jpg


c0035245_12070270.jpg


c0035245_12082084.jpg


c0035245_12125611.jpg


「メドデコ」に乗るのは若い衆。メンバー交代する時は綱を伝って曲芸的に降りる

c0035245_12154642.jpg


c0035245_23155893.jpg


c0035245_23180114.jpg


c0035245_23192528.jpg


c0035245_23205726.jpg


c0035245_23224306.jpg


c0035245_23241872.jpg


c0035245_23261263.jpg


c0035245_23305838.jpg


c0035245_23305867.jpg


c0035245_23305870.jpg


c0035245_23305866.jpg


c0035245_23305962.jpg


今回は外からたくさん写真を撮ったので、次回は中に参加してそこからしか撮れない写真を少数精鋭で狙ってみたい。5月5日に上社の御柱祭は終了(社殿内での行事は残っている)。下社の里曳きは14-16日。

c0035245_23371569.jpg


c0035245_23385140.jpg


c0035245_23395842.jpg


c0035245_23422922.jpg


c0035245_23422942.jpg


c0035245_23422958.jpg


c0035245_23472583.jpg


c0035245_23472536.jpg


c0035245_23492974.jpg


c0035245_23503356.jpg


c0035245_23514961.jpg


c0035245_23523170.jpg


c0035245_23533437.jpg


【使用機材】

    

   








by hoq2 | 2016-05-07 00:03 | 写真(Naganao snapshot) | Trackback | Comments(0)

モノクロ街頭スナップへの回帰 (習作1=長野県茅野市湯川)

c0035245_2122199.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

2007年にベルリン日独センターで『Berlin + Tokyo』の個展を開いたのを区切りに、フィルムへの未練を断ち切り、完全デジタル移行した・・・はずだった。

「過去に置いてきたものを拾いに行く余裕ができた」と言えばいいだろうか。長野県蓼科での山暮らしを始めて5年が経ち、年齢も重ねてくると、色々なことが少しずつ落ち着いてくる。そんなタイミングでアマチュアカメラマンである義理の母が、機材整理でライカをくれた。以前に同じくいただいたニコンFM2も有効活用しようと、程度のあまり良くない50mm1.4を安く手に入れて一度撮影し、その後オーバーホールもしていた。そんなふうに無意識的になんとなく、銀塩を再開する準備はしていたのだ。

移住後にデジタルで少しずつ撮っていたNagano Snapshotもある程度着地点が見えてきて、そろそろフォトブックか何かにまとめようと思っている。2007年までは白黒フィルムメインで「都会の通行人が絡む街頭スナップ」を撮ってきたが、デジタルのNagano Snapshotでは、2010年代の寂れきった日本の地方を舞台に「人のいない風景」を撮ってきた。そこでは、「人の動き」をはじめとする偶然性重視の都会のスナップとは違う形で、自分なりに空気感や構図で見せる写真を身につけることができたと思う。そして、次のステップとして両者を融合した新境地を探そうというのが、今の段階だ。そこで「モノクロフィルムへの回帰」が出てきたというわけだ。

c0035245_21303414.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

デジタルネイティブの若い人や写真に詳しくない人のために解説しておくと、「白黒で撮る」というのは別にレトロ趣味とかそういうのではない。カラーフィルムが普及した後も、いわゆる芸術写真の分野ではむしろ白黒がスタンダードだったのだ。一つには、お手本にしていた先人たちの1960年代くらいまでの素晴らしい作品のほとんどが白黒写真であったこと。そして、実践するにあたってはこちらの方が大事なのだが、写真の本質を学ぶには当然、撮影・現像・焼付をセットで学ぶ必要がある。白黒写真はカラーに比べて自家現像が容易であり、また、ベーシックな技術が盛り込まれているために、シリアスに写真を始めようとするなら、モノクロの自家現像は必ず通る道であった。僕が高校写真部で写真を始めた1980年代は、既に一般的にはカラーフィルムが当たり前の時代だったが、高校・大学の写真部や写真学生だけでなく、芸術写真の作家の多くもまだ白黒がメインであった。一方、プロの職業カメラマンはカラーポジが標準で、僕が後に就職した新聞社ではモノクロプリントからカラーネガ・フィルムスキャンへの移行期だったのだが、職業カメラマンの世界と芸術写真ではちょっと事情が異なる。しかし、デジタル化以降はプロも一般人も作家も、デジタルに一本化され現在に至る。

c0035245_220116.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

c0035245_2295461.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

c0035245_2212679.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

僕が白黒を集中的に撮っていた時代は、大きく分けて3つの時期だ。①高校〜大学の写真部時代②新聞社の地方記者時代③新聞社の写真部をやめてフリーのカメラマン/ライターになるまでの移行期の2、3年。①と③は、現像からプリントまで自分でやり、②はカラーネガのラボ出しとの半々くらいだっただろうか。③の最後の方は自家現像・フィルムスキャン・インクジェットプリントだった。その後、完全にデジタル移行した。現在も仕事は100%デジタルのカラー入稿である。

今回はプライベートな作品撮りに限っての③からの約10年ぶりの復帰だ。もちろん暗室はやめているし、引き伸ばし機や現像タンクなどの用品も何度か引っ越しを繰り返しているうちに全て処分してしまった。なので、いまさらプリントまで再開す時間も予算もなく、「フィルム現像まではアナログ、フィルムスキャン以降はデジタル」という、最後期のスタイルへの復帰である。ともかく、復帰にあたって、フィルム現像用品を全てヨドバシカメラと100均で買い直したのだが、その後さらに昔の写真部仲間が当時ものの現像セットを進呈してくれた。結果、現像用品に関してはかなり充実した状態になった。

c0035245_22303743.jpg

Nikon NewFM2 Ai Nikkor 50mm 1.4 Tri-X

c0035245_22354551.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

c0035245_2237299.jpg

Nikon NewFM2 Ai Nikkor 50mm 1.4 Tri-X

さて、なぜモノクロフィルムでなければいけないのか。デジタル移行後も折にふれて街頭スナップを撮ってきたが、自分自身と時代の変化により、「人」が撮りにくくなってきた中で、被写体に依存する「具体的な何か」よりも、「自分の内面を投影した心象風景」を撮ることが多くなってきたことが大きい。言い方を変えれば、純粋にプライベートな作品撮りに関しては、写っているものが面白いとか珍しいという類いの写真ではないので、カラーで分かりやすく見せたり、状況を「説明する」、あるいは何かを「提示する」必要はない。それよりも、その場で感じた空気感や俳句的な静かな心の動きを写し取ることをが主題となっている。そして、これまでの積み重ねの結果、白黒の方が外的な要素が排除され、撮影者の内面的な要素がより純粋に画面に定着されることを確信しつつある。

当然、デジタルでもモノクロ表現はできるのだが、結局自分はそこに向かうことはなかった。色々な要因があると思うが、フィルムだと①粒子で表現することによってあいまいさが良い塩梅で残る②撮影枚数が限られるため、じっくり大事に撮ることを強いられる。それが今自分が目指しているものに合っている。 ③今の技術と力量を活かせば、途中で止まってしまった道のもっと先に進めるのではないか?――と思うのだ。

デジタル写真やカラー写真の否定ではないということは、強調しておきたい。これからも自分の撮影のメインは公私共にあくまでデジタル写真である。

c0035245_23492142.jpg

Nikon NewFM2 Ai Nikkor 50mm 1.4 Tri-X

c0035245_23514822.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

c0035245_23525481.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

そんなことで、倍近い値段になっていてびっくりのTri-Xを買い、ライカとニコンを手に自宅から一番近い集落でリハビリ撮影を行った。現像からスキャンまでのプロセスを含め、まずはカンを取り戻し、色々と忘れていることを思い出さなければならない。技術的な所では、現像液の選択をどうするかとか。結果も大事だが、フィルムが過去の遺物となった今の現況では、無理なく続けられるように工夫することも大事だ。単純に昔やっていたことをそのまま再開するという話でもないのだ。

c0035245_04935.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

c0035245_05325.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

c0035245_07098.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

実践してみて分かったのは、デジタルのカラー写真では画面に入れるのを避けていた電柱などの気分が萎えるような異物が全く気にならなくなっていること。そして、写っているもの自体はつまらない漠然とした光景であっても、フィルムであれば「シャッターを押す瞬間の気持ちよさ」を重視してじっくり静かに撮れることだ。学生時代に追求していたのは、まさに「シャッターを押す瞬間の気持ちよさ」だったはずなんだけど、いつの間にかその感覚を忘れていた。あとは、当時の未熟さが「成熟」に置き換わって作品の深みが増せばいいのだが。

撮影回数は月に3回まで、各回の撮影本数は4本までというあたりが、持続するには良いところだと思う。それ以上撮って未現像フィルムがたまったりすると、途中で挫折してしまうだろう。若いうちはいいが、いまは楽することも進歩のために必要だ。そこを考えて、現像液の保管などで気を使わないように、液体タイプのT-Max現像液を使い捨ての1:7希釈にしたりと、結果+持続性のバランスを探っている。

この後、もう1回都会(横浜・鶴見)でリハビリ撮影したのだが、フィルムと現像関係の結論はこんな感じ。

・今はとにかくフィルムが高い!学生時代の写真仲間から長尺フィルムのローダーをもらったので、100ft(30.5m)のロールで購入することに。しかし、Tri-Xのロールはバカ高(3万5千円とか!)なので、その半額程度で同等品のイルフォードHP5+(ISO400)を常用フィルムとする。ISOでフィルムを使い分けるのも今では贅沢なので、他のフィルムは使わずNDフィルターや増感現像で対応する。
・現像液は、T-MAXデベロッパーを1:7希釈で。一本使いきったらID-11(D-76)の1:1希釈を試し、良い方を常用にする。いずれにしても、管理を楽にするため貯蔵はせず、使い捨てとする。

c0035245_0291699.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

c0035245_0303935.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

c0035245_0321198.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

フィルム現像から先はデジタル処理となるわけだが、デジタル時代に合った仕上がりも追求したいと思っている。今回は、銀塩的な豊かなトーンとデジタル的なシャープネスを両立しつつ、フィルムであることの意味を高めるために、あえて粒子がくっきりと目立つ処理をした。色々な方法があるが、今回は高めの希釈率による現像と、スキャン時にシャープをかける方法を使った。悪くないので、しばらくこれでいこうと思う。

c0035245_0394740.jpg

Nikon NewFM2 Ai Nikkor 50mm 1.4 Tri-X

c0035245_041975.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

c0035245_0421797.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

つい、気分まで写真学生に戻ってしまって理屈っぽいことばかり書いてしまったが、とにかく楽しい。デジタル的なものはなんでも否定するジジイは大嫌いだが、やっぱりフィルムを詰めたり、ハサミで切ったりというアナログな作業は、具体的かつフィジカルで身体的にも心地よい。

c0035245_0482231.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

c0035245_0493111.jpg

Leica M6TTL Carl Zeiss Biogon 28mm 2.8 ZM Tri-X

c0035245_0503341.jpg

Nikon NewFM2 Ai Nikkor 50mm 1.4 Tri-X

c0035245_0513151.jpg

Nikon NewFM2 Ai Nikkor 50mm 1.4 Tri-X

【使用機材】

・ライカM6TTL

    

by hoq2 | 2016-05-02 01:57 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)