【アドリブ旅行03】「雪の始まり」Part 1 = 狂気の街 

「アドリブ旅行」
往年の「こち亀」の名エピソード
から拝借したこのフレーズが気に入っている。目的地不明、先の見えない旅。子供の頃からそういうロードムービー的な体験に胸が踊る。地についた足を離し、移動を開始する。その瞬間、肉体と精神が正真正銘の浮草になる。そして、社会や生きることのしがらみから自由になったような錯覚に陥る。

レンタカーの回送という仕事をご存知だろうか。ここではあえて詳細な説明をしないが、次から次へと乗り捨てられたレンタカーと鈍行列車を乗り継ぎ、全国の<下道>と<在来線>をぐるぐる巡って僅かな報酬を得る仕事である。次の目的地は直前まで分からない。

その点だけを捉えれば、自分にとってはこれは究極の「アドリブ旅行」である。ここでは、回送員として「稼働」した日々のロードムービー的な断片にスポットを当て、後のための忘備録を兼ねて写真と文章で記録していきたい。



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これを書いている今は、2014年の桜の季節だ。しかし、3回目の稼働となった今回の話は去年の12月に遡る。回送同様、このブログも安全運転を心がけている。あまりリアルタイムに近い話は書けない。面と向かって解雇するということがほとんどない反面、日本社会というのは、黙ってジワジワと干すということが横行する恐ろしい社会なのだ。その辺の事情、分かって欲しい(と、日本的に遠回しに表現しておく)。

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今回の稼働も前2回と同じく2泊3日である。なぜこの長さかというと、単価が異常に安いこの奴隷労働は、9時5時はもちろん、レンタカー営業所の一般的な営業時間、8時-20時で稼働してもペイしない。一般的な時給バイトの1日の最低賃金にも達さないのだ。だから、夜通し走れる(と言っても、車内で仮眠はする)泊まりがけの稼働が良い。

システム的には、何日でも連続して稼働可能だ。2泊3日がデフォなのは、この仕事を始めるにあたって参考にしたこちらのサイトに、次のようなことが書いてあったからだ。

自分が聞いた中では、2泊3日が理想的だそうです。しかも、初日はお昼以降から参加し、3日目は昼一くらいに終わるパターンです。この方法だと、初日の夜勤は朝寝ているので、楽に稼働が出来ます。しかも、2日目の夜勤は、それほど遅くなく23~24時くらいで仮眠が出来るように組まれます

実際やってみると、確かにこの記述は概ね当たっていた。自分の場合は夕方から深夜にかけてが最も元気な体質なので、上記を少しアレンジして、1日目は午後スタートで3日目の20時に終えるのが基本パターンだ。とは言っても、2、3時間の仮眠で2日目・3日目の午前中あたりはやはり相当にきつい。自分の場合は、もう、そういう時はよほど納期がタイトでない限り、車の引取時に報告した納車予定時間を過ぎようがお構いなく寝ることにしている(最近は、何か指導があったのか、請負業者側も「眠くなったら構わず寝てくれ」と逆に頼んでくるようになった)。

多分、自分は「頑張る姿勢を見せる」という、過程を重視する日本的な感覚に乏しい。だから、「堂々と仮眠する」ことに何の罪悪感もストレスも感じない。過程などどうでもよく、結果さえ整えれば良いのだ。本業で仕事を発注する側に立っても、相手に経過は問わない。逆に「結果」を重視しているので、納期遅れは今のところ一度もない(一度遅れそうになり、その時は自腹で高速を使った。もちろん、その“経過”を報告なぞしていない)。というのも、たいていの回送は、数時間から数日!も余裕のある納期設定だからだ。

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さて、今回は少し元気に初日は朝から稼働。筑波研究学園都市に最初の回送車を取りに行く。つくばエクスプレスにちゃんと乗ったのは今回が初めてだが、車ではこの人工的な街に何度も来ている。

初めて来たのは免許取りたての大学生の時。なんでそういう残酷なことをしたのか、今では良く分からない。現役で名の知れた大学に受かった高校では劣等生だった僕が、勉強も運動もできて顔も良く家も金持ちなのに浪人生になってしまった「彼」をドライブに誘った。「彼」はその頃、相当におかしくなっていて、あらゆる有名大学の校歌を呆然と口ずさむキチガイっぷりを発揮していた。

そんな「彼」を、「大学」そのものである筑波なぞへ連れて行けばどうなるか分かりきっている。いや、当時は分かっていなかった。なぜそんな簡単なことが当時の自分には分からなかったのか、今の僕には分からない。その時撮ったモノクロ写真は、『ツクバ・・・』というタイトルで1冊のアルバムにまとめ、今も手元にあるが、筑波大学のキャンパスを亡霊のように彷徨う「彼」の写真が空恐ろしい。

真偽は定かではないが、僕が学生の頃、この街は自殺率と妊娠率が高いという都市伝説がまかり通っていた。温もりのない「作られた街並」が人心を鬱々とさせ、反面「やること」は「ヤルこと」くらいしかないからだそうだ。やることがないって、研究は?と思うが、まあ、当時の世相は一流の国立大学といえど「総合レジャーランド」という軽薄なものであった。

ピンク・フロイドの『狂気』を聴くたびに、ツクバの風景を彷徨する、痛々しい「彼」の姿が目に浮かぶ。そして、とんだ偏見だと怒られそうだが、今もこの街を訪れると、嫌に空が青すぎるような狂気を孕んだ鬱々感に包まれるのだ。ニュータウンとか「〇〇都市」というような、整備されすぎた環境に僕は到底馴染めそうもない。

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筑波から、東京駅を模した駅がある北埼玉の深谷で納車し、すぐ南の熊谷から高崎経由で福島の郡山に向かう。熊谷ではサラリーマン時代、3年ちょっと一人勤務を経験したことがある。自宅兼事務所の新聞社の通信部記者というやつで、日々の町ネタを拾う仕事だ。

水谷豊主演のドラマで扱われているような地方記者生活だが、この街にはドラマで描かれているようなヒューマンな感じはあまりなかった。東京に近すぎるし、町の規模も中途半端だ。若くもなく、かといってベテランの風格を身につけるにはあまりに未熟だった当時の僕自身、記者としても人間性的にも中途半端だった。だから、熊谷には個人的にあまり語るべきものがない。

ただ、熊谷出身で、北埼玉をこよなく愛する森村誠一さんに地方版で埼玉を語る連載を持ってもらったのは、記者時代を通じても良い思い出だ。東京のホテルで初めて森村さんに会った際、「君は作家になりたいのでしょう」と看破された。そう、僕は間違いなくジャーナリストに非ず「新聞記者」という日本独特の職業にはピンと来ていなかったし、文章の作家になりたいかどうかはさておき、写真の作家になりたいと若い頃から思っていて、それは、その当時もあきらめていなかった夢だったのだ。

一流の作家とは、初対面でそこまで看破するほどの眼力を持つ人間のことだ。それだけの自信が伴っていなければ、作家などと自称もできまい。以来、そう覚悟している。(Part2に続く)

【今回使用機材】

    

by hoq2 | 2014-04-02 01:06 | 写真(アドリブ旅行) | Trackback | Comments(0)

【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part4(完)

「アドリブ旅行」
往年の「こち亀」の名エピソード
から拝借したこのフレーズが気に入っている。目的地不明、先の見えない旅。子供の頃からそういうロードムービー的な体験に胸が踊る。地についた足を離し、移動を開始する。その瞬間、肉体と精神が正真正銘の浮草になる。そして、社会や生きることのしがらみから自由になったような錯覚に陥る。

レンタカーの回送という仕事をご存知だろうか。ここではあえて詳細な説明をしないが、次から次へと乗り捨てられたレンタカーと鈍行列車を乗り継ぎ、全国の<下道>と<在来線>をぐるぐる巡って僅かな報酬を得る仕事である。次の目的地は直前まで分からない。

その点だけを捉えれば、自分にとってはこれは究極の「アドリブ旅行」である。ここでは、回送員として「稼働」した日々のロードムービー的な断片にスポットを当て、後のための忘備録を兼ねて写真と文章で記録していきたい。



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【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part1
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part2
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part3

さて、本稿最終回にして、ようやくタイトルの「東北初進出」である。時はクリスマス前、立教大学のクリスマスツリーを過ぎて、池袋の営業所から車を受け取って一路山形を目指す。原則どおり下道回送である。東京から山形まで下道で行く--。一般のサンデードライバーにはまったく考えられないことだと思う。本業で若いころからかなり車に乗ってきた僕だって、長距離は高速である。下道で山形なんてチラリと考えたこともない。

以前にも少し触れたが、請負の回送業では、高速は「使ってはいけない」のではなく、元請けとの契約上、「使ってもいいけど、高速代は経費で落ちませんよ」というシステムなのである。

ただし、納期が迫っている時や悪天候時、繁忙期などは例外だ。後になって分かったことだが、高速代が経費で落ちる「高速を使いなさい」という指令=「全線高速(全高)」の指示が出ることは結構多い。これは2013年11月からこの仕事を始めた僕の、あまり根拠のない想像だが、「全高」の割合はここに来て以前よりも増えているのではないか。悲しいことだが、僕がアベノミクス効果を実感するのは、これぐらいなのである。

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で、肝心の怒濤の長距離移動だが、今これを書いている4ヶ月後になってみるとあまり覚えていない。4号線が宇都宮の手前で片側3車線の「高速いらねーじゃん」系の大バイパスになったのに驚き、郡山の手前で「おう、東北!」と安心して爆発的に眠くなってしまい、コンビニの駐車場に駆け込んで爆睡ーという、まあざっくりとした記憶である。

あとは、そう、今回の稼働で危惧した「スタッドレスOK?」な心配は無用であった。スタッドレス装着車であったし、まだ積雪・凍結はギリギリセーフであった。なにより「顧客」が珍しくTR社ではなかったので、車もT社ではなく、H社のコンパクトカーだったのが幸いであった。うんうん、よく走る。ドライビングポジションが最高。全体に軽く鋭すぎるレスポンスは好みではないが、運転していてストレスが少ない。長距離を走る時は特に車種、重要です。

そんなこんなで、仮眠時間を入れて夜7時発の朝7時着という12時間コースですな。そうあらためて振り返ると、アメリカの車移動と比べればまあ、たいしたことないのかな。子供の頃、カナダのオタワに住んでいたのだけど、隣町のモントリオールまで2時間、州都のトロントまで5時間、ニューヨークまで2泊3日とかそんな感じだった。

朝、コーヒーを飲んだコンビニの駐車場。ポッカリと見えた三角山。関東あたりでは見ない感じで、妙に旅情をかきたてられた。仮眠(二度寝)場所を探して市内をさまよった際に、山形市中心部は「横浜市緑区と言っても通じる(首都圏民の目で)意外と普通の住宅地」だったことも付け加えておこう。

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山形で納車した後は、駅前から高速バス(これも「原則鈍行列車」の例外)で仙台へ。車窓からこの冬初めて雪山を見てシャッターを切る。後に記録的な大雪に苦しめられたこの冬。後から思えば無邪気なもんだ、バカみたい。

実は、この高速バスは後払いだったのだが、万札しかなく、しかも降車時におしっこが漏れそうであった。アワアワしていると、厳しい顔で睨んでいると思ったおばちゃんが、黙って立て替えてくれた。その人は急いでいるようだったけど、とにかくコンビニに駆け込んで万札をくずして「ありがとうございました」。東北の人は本当に、無愛想なようで実はものすごく親切。来るたびにこういうエピソードがある。おしっこがまんしまくってたので、僕のほうがもっと恐ろしい顔をしていたはず。感謝の気持ち、伝わらなかっただろうなあ。

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仙台駅前から、市内の引取先へバス移動。ここで詳しくは書けませんが、業界最美人に見下されるというすごい経験をしつつ車を引き取り、仙台空港へ。宮城県内はいまだ、震災復興関連の需要が多い。今も震災の傷跡が残る仙台空港は、我々回送業者にとってもメジャーな引取・納車先の一つなのだ。

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ローカル路線バス乗り継ぎの旅の蛭子さん並に土地の名物に興味のない僕だが、この日は牛タンのかわいい看板に惹かれてドライブインに立ち寄り。しかし、結局値段を見て(いえ、決して高くはなかったのですが)、隣の激安爆盛りっぽい立ち食いそば屋で食べました。満足、次も行くと思う。

帰りは乗り継ぎなしで一気に4号線を南下して羽田空港を目指します。途中、一部で有名な「福島のガンダム」を横目に、美しい夕焼け。1回経験すればもう怖くない、東北下道紀行。気づけばこの日12月10日は僕の誕生日でした・・・(「アドリブ旅行02」完)

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【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part1
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part2
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part3

【アドリブの旅行】の記事一覧は こちら

【今回使用機材】

    

by hoq2 | 2014-03-27 00:10 | 写真(アドリブ旅行) | Trackback | Comments(0)

【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part3

「アドリブ旅行」
往年の「こち亀」の名エピソード
から拝借したこのフレーズが気に入っている。目的地不明、先の見えない旅。子供の頃からそういうロードムービー的な体験に胸が踊る。地についた足を離し、移動を開始する。その瞬間、肉体と精神が正真正銘の浮草になる。そして、社会や生きることのしがらみから自由になったような錯覚に陥る。

レンタカーの回送という仕事をご存知だろうか。ここではあえて詳細な説明をしないが、次から次へと乗り捨てられたレンタカーと鈍行列車を乗り継ぎ、全国の<下道>と<在来線>をぐるぐる巡って僅かな報酬を得る仕事である。次の目的地は直前まで分からない。

その点だけを捉えれば、自分にとってはこれは究極の「アドリブ旅行」である。ここでは、回送員として「稼働」した日々のロードムービー的な断片にスポットを当て、後のための忘備録を兼ねて写真と文章で記録していきたい。



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【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part1
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part2
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part4(完)

Part2からの続き。
この仕事は自宅からの「直行直帰」である。僕の場合、東京の下町を起点にしている。だから、スタート1本目は都内か神奈川千葉埼玉がほとんどだ。そこからどこへ行くかは様々だが、北関東とか山梨、静岡あたりが多い。そして、また都内に戻って出直し、っていうようなことも多い。そんなふうに一日に2回も3回も上京するなんてこともあるわけだ。

今回は、新百合ヶ丘からスタートして、千葉を経て茨城で一泊、また新百合ヶ丘に戻って・・・ついに来た東北!池袋で車を引き取って山形へ迎えという指令が来た。都内から下道のみの最北記録は、前回・初稼働の宇都宮だ。プライベートでは高速を使うから、せいぜい学生時代の筑波くらいかなあ。だから、山形なんてどれくらいかかるのか、宇都宮以北はどんな沿道風景なのか、ほとんど見当がつかない。

さあ、未知の道へ!と、その前に・・・話は昼飯時に戻る。

僕は国内外あちこちを転々としているが、ホームはやはり東京であり、その中でも本籍地の葛飾区あたりは馴染み深い。茨城から水戸街道を下って金町、亀有と来たところで、「ちょっと寄り道してでも」とわざわざ行きたくなる店がある。綾瀬(足立区になるが、同じエリア)の定食屋である。褒めるんだから、ズバリ良いでしょう『味安』です。パンダグループです。

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海原雄山とかそういうんじゃあ、ないんです。唐揚げとか焼き魚とかマグロブツとかコロッケとか、東京の下町では「普通のもの」をバイトじゃないオヤジ、オバちゃん、おばあさんたちが、ちゃんと「普通に」作ってくれる。一応無添加を謳ってるけど、別に自然食とか無農薬ではなく、味付けも東京風に普通です。価格もデフレでも高くもなく700円とか850円とかとリーズナブルに普通。普通のものを変に気取らずにちゃんと真面目に作って普通の値段で提供する。こういう店、ありそうで滅多にない!昭和にはあったのかもしれないが、今はない!食べ物には静かな僕ですが、数少ない贔屓店なのだ。

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さて、話は戻って山形行きの車を引取りに池袋へ。新宿駅から山手線に乗り込む頃にはすっかり日が落ちて・・・

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ああ、もうすぐクリスマスなんだなあ。日本の商業的盛り上げがうるさいクリスマスは嫌いだったが、最近はだいぶマシになってきた。チャゲアス?その後マライア・キャリーだっけ。そのあたりのクリスマス・ソングが流行った頃は、呪文のように繰り返し聴かせられて気が狂いそうだった。今は、著作権絡みで町から音楽が消えてしまったけれど、こういう点ではありがたい。ミッション校の本来のクリスマスが淡々と上品である。

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それはともかく、これから先の道のりを考えると、ちょっとした冒険気分である。東北の本物の冷え込みもあるだろう。その前に、とにもかくにも確認しなければ。「スタッドレス、OK?」 < part4 へ続く>

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【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part1
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part2
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part4(完)


【今回使用機材】

    

by hoq2 | 2014-02-14 02:16 | 写真(アドリブ旅行) | Trackback | Comments(0)

【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part2 〜 意外!茨城はかわいらしかった!

「アドリブ旅行」
往年の「こち亀」の名エピソード
から拝借したこのフレーズが気に入っている。目的地不明、先の見えない旅。子供の頃からそういうロードムービー的な体験に胸が踊る。地についた足を離し、移動を開始する。その瞬間、肉体と精神が正真正銘の浮草になる。そして、社会や生きることのしがらみから自由になったような錯覚に陥る。

レンタカーの回送という仕事をご存知だろうか。ここではあえて詳細な説明をしないが、次から次へと乗り捨てられたレンタカーと鈍行列車を乗り継ぎ、全国の<下道>と<在来線>をぐるぐる巡って僅かな報酬を得る仕事である。次の目的地は直前まで分からない。

その点だけを捉えれば、自分にとってはこれは究極の「アドリブ旅行」である。ここでは、回送員として「稼働」した日々のロードムービー的な断片にスポットを当て、後のための忘備録を兼ねて写真と文章で記録していきたい。



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Part1からの続きです。

2度目となった今回の稼働の初日は、6号線沿い、霞ヶ浦へ注ぐ恋瀬川の手前で車中泊。前回はまだ季節的にはギリギリ秋だった。北関東は独特の寒さがあるが、2泊目の宇都宮でもまだ寒さは感じなかった。それが、今回は普通に寒い。夜中など車の外は凍てついていた。

早朝、霜に縁取られた地面を見て、「ああ、もっと暖かい季節にこの仕事を始めれば良かったかな」と少し後悔した。冬場の行き先が暖かい静岡や西日本方面だったらまだ良い。でも、多分自分は「北」担当ぎみで回されるだろうな、という予感があった。たいした根拠はないが、妙に確信めいた予感だ。

ともかく、“寝車”の納車予定時間が迫っていたので、北関係の考え事を中断。車窓を流れる町並みは、ほどよい風情がありそうだ。後髪を引かれつつ車を届け、まっすぐ石岡駅へ。常磐線に乗って次の引取先は日立。そこで車を引き取って、一旦スタート地点の新百合ヶ丘へUターンする。この時点でそこまでの道程は決まっていた。

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石岡から6駅先の水戸で乗り換え。朝の通勤・通学時間帯に県庁所在地の水戸へ向かうだけに、それなりに混んでいる。僕は電車通学・通勤は東京でしか経験がない。正確には、ロンドンでもあるが、海外のことはここではひとまず置いておく。ともかく、地方都市のラッシュに加わるのは、これが初めてに近かったのだ。

ドブネズミ色の背広集団に巻き込まれる東京の通勤ラッシュに比べ、女子高生・OLの比率が圧倒的に高い。オヤジ連は車通勤が中心なのだろうか。高校生たちは意外に素朴感が強い。ギュウギュウに混んでいるわけでもないし、ラッシュなのにホノボノ感がある。ただし、北関東を支配する『下妻物語』のイメージも強い。あっちは群馬か。しかしまあ、アレだ。

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常陸多賀駅で降りると、あれっ?猫駅長?

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カメラを向けると、ひと睨み効かせてすぐに寝てしまった。ベンチのそばに餌が置いてあり、どうやら通い猫らしい。あとでネットで調べると、もう少し小さいころの写真も出てきた。駅は朝飯後の二度寝の定番スポットらしい。二度寝は、いい。日本でももっと推奨すべきである。

これでこの駅にまた来る楽しみができた。次回は駅員さんに詳しい話を聞いてみるかな。

駅を出て、こじんまりとしたメインストリートをまっすぐ歩く。猫の印象が強いからか、なんとなくかわいらしい町である。

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茨城の人はケーキ好き、と聞いたことがあるが、今回はなんとなく甘党な感じのカワイイ側面が見られたような気がする。それはそれで非常に新鮮で好印象な茨城体験であった。

そして、車に乗り換えて6号線を延々と東京方面へ。part3へ続く。

【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part1
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part3
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part4(完)

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【今回使用機材】

    

by hoq2 | 2014-02-05 02:42 | 写真(アドリブ旅行) | Trackback | Comments(0)

【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part1

「アドリブ旅行」
往年の「こち亀」の名エピソード
から拝借したこのフレーズが気に入っている。目的地不明、先の見えない旅。子供の頃からそういうロードムービー的な体験に胸が踊る。地についた足を離し、移動を開始する。その瞬間、肉体と精神が正真正銘の浮草になる。そして、社会や生きることのしがらみから自由になったような錯覚に陥る。

レンタカーの回送という仕事をご存知だろうか。ここではあえて詳細な説明をしないが、次から次へと乗り捨てられたレンタカーと鈍行列車を乗り継ぎ、全国の<下道>と<在来線>をぐるぐる巡って僅かな報酬を得る仕事である。次の目的地は直前まで分からない。

その点だけを捉えれば、自分にとってはこれは究極の「アドリブ旅行」である。ここでは、回送員として「稼働」した日々のロードムービー的な断片にスポットを当て、後のための忘備録を兼ねて写真と文章で記録していきたい。


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2回目の稼働は、初回から1ヶ月以上空いてしまった。別にこの仕事に懲りたわけではなく、単に本業が思いのほか忙しかったのである。季節も秋からすっかり冬に移り変わった12月前半の2泊3日。四季の移ろいのロマンチシズムよりも、無粋なことが気になる。「スタッドレス装着OK?」

僕は新聞記者時代の飛騨高山に始まり、今は長野県の蓼科と東京の二重生活をしているから、雪道の運転経験は豊富な方だ。だからこそ、ノーマルタイヤで雪国を走る無謀さを知っている。レンタカーの場合、四駆はほとんど期待できないから、余計に北関東以北でノーマルタイヤは絶対NG!干されてもいいから、北でノーマルタイヤ車が配車されたら断ろうと決めていた。

前回は東北遠征はなかったが、それだけに予感はあった。ドライバー登録時に「雪道OK」と申告していたからだ。最初の冬の稼働で、試されるに違いない。とりあえず、この日1台目の配車は新百合ヶ丘。まあ、無難なところだが、我が家は東京の下町。スタート地点としては、ちと遠くないか?

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その1台目の引取り時にちょっとしたハプニングがあった。まだフレッシュな話題なので、ところどころボカして書きます。

ともかくそこにママチャリに乗った外人さんがいた。で、なーんかイヤラシイ笑みを浮かべながら、腕組みをしているわけです。前カゴに灯油缶を積んでいたのが妙に印象的。セントラル・ヒーティングの国から来ても、やっぱり日本では石油ストーブなんだなあ。やがて、パトカーと警官が集まってきた。その外人さんが警官に日本語でまくし立る。「ここは川崎市の土地ですよ!いけません、いけませんね!」

どうやら、その店舗前の歩道(公道)に、店関係の車が止まっていることにクレームをつけているらしいのだ。「店」にクレームをつけたが相手にされず、キレて110番したというところだろう。実を言うと、僕も「お客さん優先」で、その歩道上に引取り車を停めてキズチェックをしていた。その途中で外人さんの存在に気づいたというわけだ。

僕はその時、極めて日本人的な態度を取った。「俺は無関係」

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警官に吠える外人さん、時々こっちを睨んでいる。それを見てみぬフリして淡々と引き取り手続きを済まし、車を出発させた。【アドリブ旅行01】横浜から巡り巡って佐久平=part1<序章>でその理由を書いたのだが、僕はこの“副業”では、波風立てず「ハイハイ承知致しました」で淡々とコトを進めるようにしている。逆にもし僕がこの「店」の客だったら、半分面白がってどちらかに加勢していたと思う。

で、どっちに加勢するだろうなあ。案外、「店」側だな。だって、その歩道、すごく広いんです。拡幅のための用地買収の途中で、既にセットバックを終えて異様に広くなっている部分があるじゃないですか。それなんです。だから、なんというか、「店」も「分かっていてやっている」。誰も迷惑しないし、区画整理が終わるまでの一時的なことだから、と。行政や警察も分かっていて、見て見ぬふり。そういう日本的な「アレ」なんだと思う。

「日本は狭いんだよ!狭いところにひしめき合って、工夫しながらなんとかやってるんだ。厳格に法に従っているだけでは成り立たない、本質的に貧しい国なんです。法の隙間を埋めるためには、良くも悪くも慣れ合わばければいけない。日本が長いなら、分かってもらえますよね?」。なーんて言うか言わないか。

同時に、在住外国人すらもイラつかせるほど、今の日本は「悪い」状態なのかな、と少し悲しくなった。何を隠そう、僕も心がささくれ立つと、警察とかそういう石頭連中に腹を立てて同じようなクレーマー行為をしてしまうタイプなのです。その外人さん、出稼ぎ系ではなく明らかに知性系の白人さんだった。なのに、痩せこけて擦り切れた服を着ていた。しかもママチャリに灯油。在住外国人にまで及んでいるとすれば、今の日本の貧困は想像以上に深刻なのではないか。

ともかく、現実の僕は「俺は無関係」。タンタカタカタカタカタカタン、と『ナイトライダー』のテーマのように淡々と千葉は佐倉方面に向かうのであった。

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高速使わず下道はやはり遠いね。新百合から千葉は佐倉の勝田台まで4時間以上かかった。日はとっぷりと暮れ、アマゾン行きのバスがあるフシギな駅前。はい、来ました。成田空港。これから千葉が絡むと必ずと言っていいほど行く、次の目的地です。脇目もふらず、京成電車に乗り込みます。

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前回の成田空港は日中、今回は夜。趣が違うのは幸い。たちこめるジェット燃料の匂いには肉体的には弱いが精神的には嫌いじゃない。二度目の「歩道なき道」をタカタカと進む。

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どんより系の月夜の成田から向かったのは、茨城の聞いたことのない町。国内にもまだまだ全然知らない町があるものだ。

よく、今の若者の内弁慶が嘆かれるけれど、本気で知ろうとしたら、狭い日本でも一生かかっても足りないかもしれない。これだけ若者に金が行き渡らない時代に、「外に出ろ、留学しろ」は無責任だと思う。覇気があるない以前に、外国はおろか、町に出る電車賃にすら事欠くのが当たり前。若いころに上昇気流に乗れた世代は、縮小縮小の世の中で若者やった事、ありますか?

だから、知らなかった石岡市に、小さく胸踊らせてもいいでしょう?僕は若者じゃないけれど。とはいえ、「実際は留学フェアなんかの参加者は増えているんですよ」とは、ある留学関係者から聞いた話。

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後から振り返れば、これが記録的に余裕がある車中泊だった。日付が変わる前に最終目的地につき、車内で映画を見たりする余裕があった。いつもそんなだとなかなか楽しいのだが・・・

Part2に続く>

【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part2
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part3
【アドリブ旅行02】 初の東北進出 Part4(完)



【今回使用機材】

    

by hoq2 | 2014-01-30 00:57 | 写真(アドリブ旅行) | Trackback | Comments(0)

【アドリブ旅行01】横浜から巡り巡って佐久平=part4(最終回)

「アドリブ旅行」
往年の「こち亀」の名エピソード
から拝借したこのフレーズが気に入っている。目的地不明、先の見えない旅。子供の頃からそういうロードムービー的な体験に胸が踊る。地についた足を離し、移動を開始する。その瞬間、肉体と精神が正真正銘の浮草になる。そして、社会や生きることのしがらみから自由になったような錯覚に陥る。

レンタカーの回送という仕事をご存知だろうか。ここではあえて詳細な説明をしないが、次から次へと乗り捨てられたレンタカーと鈍行列車を乗り継ぎ、全国の<下道>と<在来線>をぐるぐる巡って僅かな報酬を得る仕事である。次の目的地は直前まで分からない。

その点だけを捉えれば、自分にとってはこれは究極の「アドリブ旅行」である。ここでは、回送員として「稼働」した日々のロードムービー的な断片にスポットを当て、後のための忘備録を兼ねて写真と文章で記録していきたい。



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【アドリブ旅行01】<横浜から巡り巡って佐久平>の最終回である。

横浜から巡り巡って佐久平 Part1
横浜から巡り巡って佐久平 Part2
横浜から巡り巡って佐久平 Part3

最終日は宇都宮からのスタートである。国道4号線は埼玉から一瞬茨城に入り、栃木に至る。利根川を越えて栃木に入ったあたりから、めっちゃくちゃに道が良くなる。標準3車線の大バイパスで、立派な道の駅がいくつもある。

回送の世界では、一日の最後の配車は「寝車」と呼ばれ、午後8時〜深夜に営業所から引取り、納車先へ向かう。そして、深夜から明け方にかけて車内で仮眠を取り、「朝8時納車」(営業所が開くのを待って納車すること)あるいは「朝逃げ」(最寄りの鉄道の始発以降〜営業所が空く前に納車して“逃げる”こと)をする。

マジメな僕の場合、できるだけ納車場所に近い所まで行って仮眠するようにしている。たいていの場合、お客さん(各営業所)の納車希望日時に対して余裕を持って配車されるので、表向きは遅刻の心配はほとんどない。
しかし、実際は手配を受けたら、そこから最速で届けるのが普通である。ただでさえ稼げない仕事なのに、ゆっくりやっていたら餓死するレベルで稼げない。それに、「あいつは遅い」となったら干されるのは目に見えている。

要は、この業界もお多分に漏れず、「タテマエはこうだけど、実際は・・・」という極めて日本的な、アレな感じの構造なのだ。非契約社会では何が良くて何がダメか、綱渡りで自己判断しなければならない。そう、こういうことはだ〜れも教えてくれません!

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それはさておき、朝イチの宇都宮納車はありがたい。整った設備の道の駅で仮眠が取れ、道が良いので翌朝の移動もスムーズなのだ。これ以降、宇都宮で寝る機会は何度もあったので、配車係もそのあたりを分かっていて考慮してくれているのだと思う。

ちなみに、睡眠時間は3、4時間くらいが最も多いパターンだ。午前2時3時に最寄りの道の駅に着き、5時〜5時半に起きて「朝逃げ」。良い時は11時12時に着いて7時半起きで8時納車なんて時もある。あるいは、もう眠くてどうしようもなくなって、目的地まであと100kmほど残していても、とりあえず数時間眠ってまた起きてまた寝て、なんて細切れ睡眠になってしまうこともある。

いずれにしても、こんな働き方が成立するのは睡眠時間を削って働いてようやく「先進国」を気取れる日本だけである。異論がある方は一度「世界 睡眠時間」あたりでググっていただきたい。ただし、結構みんな電車・授業中・外回りの途中なんかで居眠りして調整しているよね。でなきゃ死んでしまう。僕の場合はこの仕事の時、朝の最初の1台でもう1回二度寝的な仮眠を取ることが多い(正真正銘の「ここだけの話」だが)。いくらワープアでも、最低最悪最低限の人権くらいは欲しいではないか。

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さて、今回は「朝逃げ」だったわけだが、初回ゆえのエンリョもあって5時半前には納車してしまった。雨上がりの宇都宮。しかも、こういう仕事でもなければ来ないような町外れである。この時間帯にカメラを持ってそういう場所を歩くというのは、とてつもなく貴重なスナップ体験なのかもしれない。少し不便な場所だったのが逆によかった。納車後、最寄り駅まで徒歩30分のコースをゆっくり楽しむことができた。

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この後、電車に少し乗って宇都宮の中心部へ。「二度寝」の時間を確保するためにも少し急がなければならない。NEX-7をしまって歩くことに専念しようとしたものの、ついついiphoneでチョコチョコ写真を撮ってしまうのであった。犬の朝散歩の時間帯だったので。

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たぶん、普通の精神を持った人は、一人で車を運転し、金がないので高速に乗れず、局面局面で蔑まれた視線を浴び、眠くてフラフラになって歩いて、また金がないので鈍行を乗り継いで、また車に乗って・・・なんてことを2日も3日も4日も5日も車中泊しながら繰り返していたら、参ってしまうだろう。金がいいのならまだしも、冗談抜きに子供のお駄賃級である。女性だったら移動中にわけもなく涙が出てくる、なんてことも絶対にあると思う。

まあ、僕はそういうアウトローな立ち位置に対する免疫がかなりあり、こういう面ではかなりタフだという自負がある。それでも、睡眠不足や不健康な疲労で精神的にドーンと落ちていく瞬間が、ないことはない。なんせ、僕は酒もタバコもやらないのでドーピングの手段もない。けれども、「写真」が大きな救いになるのだ。

僕の街頭スナップは、つまらないものをつまらなく撮っているのでつまらないと思う。ただ、現実の汚いことや辛いことは、写真というフレームに収まった瞬間に「情感」や「空気感」という美しさに寄ったものに変化する。ま、分かりやすく細かい所を端折って「写真のウンコは臭くない」とでも言っておきましょう。

だから僕は写真が好きだし、無益な放浪を続けることができる。

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さて、宇都宮から一度「ホーム」の東京に戻り、長野県の佐久平に向かう。実は、今回は2泊3日で軽井沢OFF(終了)を申請していた。原則的には登録した住所地の最寄り駅(僕の場合は、東京の下町の地下鉄駅)からのスタート・OFFになるが、「今回は軽井沢OFFでお願いします」というような申請をすれば、家とは別の場所で「稼働」を終えることもできるのだ。

僕は、長野県と東京の二重生活をしている。だから、今回のように「レンタカーの回送を自分の移動に利用する」というのもこの仕事をしている理由の一つである。長距離の交通費というのはバカにならないものである。そして、ブラックな仕事だからこそ「お互い様」が通じる。「こんなに悪い条件でやってるんだ。自分に都合よく利用してもいいだろう」という割り切りができる。相手もそこは分かっているので、「どうぞどうぞ」なのである。

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そういうわけで、最後の一台で東京から長野県に一気に移動!ありがとう。


【今回移動経路】オレンジ=車、白=電車・徒歩)
都内自宅 → 東白楽→館山 → 成田空港→相模原 → 蒲田→春日部 → 西新井→宇都宮 → 宇都宮→久喜 → 成城→佐久平 → 軽井沢

【今回使用機材】

    

by hoq2 | 2014-01-26 13:50 | 写真(アドリブ旅行) | Trackback | Comments(0)

【アドリブ旅行01】横浜から巡り巡って佐久平=part3

「アドリブ旅行」
往年の「こち亀」の名エピソード
から拝借したこのフレーズが気に入っている。目的地不明、先の見えない旅。子供の頃からそういうロードムービー的な体験に胸が踊る。地についた足を離し、移動を開始する。その瞬間、肉体と精神が正真正銘の浮草になる。そして、社会や生きることのしがらみから自由になったような錯覚に陥る。

レンタカーの回送という仕事をご存知だろうか。ここではあえて詳細な説明をしないが、次から次へと乗り捨てられたレンタカーと鈍行列車を乗り継ぎ、全国の<下道>と<在来線>をぐるぐる巡って僅かな報酬を得る仕事である。次の目的地は直前まで分からない。

その点だけを捉えれば、自分にとってはこれは究極の「アドリブ旅行」である。ここでは、回送員として「稼働」した日々のロードムービー的な断片にスポットを当て、後のための忘備録を兼ねて写真と文章で記録していきたい。



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前回の続きです。

横浜から巡り巡って佐久平 Part1
横浜から巡り巡って佐久平 Part2
横浜から巡り巡って佐久平 Part4

早朝に館山を出て、午前9時に成田空港に到着。空港第2ビル駅で降りるが、引取車のある営業所は空港の敷地外にある。当然、自分以外の列車の乗客は全員空港そのものが目的地だ。

ここで疎外感を感じたり、海外に行く人を羨むような「社会適合者」ではこの仕事は務まらない。手荷物検査が済んだら1Fの国際線到着ロビーに向かう。ただし、空港施設はサクッと通過して外に出る。この一連の動きを無感動に淡々とこなせるくらいがちょうどいい。「みんなと違う」ことをみじめに思ったり孤独に感じたりするどころか、誇りに思うくらいな異常性がある者にしかできない仕事なのだ。

空港ターミナルから歩いて「町場」に出ることがどれくらいイレギュラーかは、すぐに分かる。歩道が一切ないのだ。バスや送迎の車がビュンビュン向かってくる車道を歩くしか方法がない。警備の警官に下手に怪しまれないよう、ここも淡々と歩くしかない。車用のチェックポイント(爆発物の検査などをするゲート)の横の狭い通路を超えればようやく外だ。

このルートは後に何度も通ることになるが、初回はやはりルート取りに失敗し、チェックポイントを横断する羽目になってしまった。ここで警備員に呼び止められ、事情説明や身分証の提示など少々面倒な目に遭ってしまった。

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外界に出てすぐ、神社がある。空の安全を祈るために造られたというわけではない。三番叟という祭事があるような、もともとある伝統的な神社である。空港建設の際、神社だけは取り壊せなかったのだろう。マンションなどの開発でも小さな祠や神木を無理やり避けて建てることが多い。お寺や教会ではあまりそういうことはなさそうなので、日本人の神道系の祟り的なものへの畏れは、相当なものなのだなあ、と思う。

何しろ僕は高校ー大学時代に三里塚闘争の末期の現場を多少見ているので、余計にそう思うのだ。空港反対派住民の田畑は強制徴用できても、神社はなんの迷いもなく手付かずで残す。日本人はよく「無宗教です」なんて自嘲気味に言うが、この神社系の宗教観は21世紀の今でも相当に業の深いものだと僕は思う。
(断っておくが、僕は「反対のための反対」の様相を呈していた後期の成田闘争には与しない。過激派シンパの友人に誘われてあくまで中立な立場だと断ったうえで反対派主催の野外コンサートに参加したりしていた。ついでに言えば、自分は政治的には今の日本のバランス感覚では右寄り=世界的に見れば中道左派、であろう。いずれにせよ、思想信条によって個人的な友人付き合いや自己表現のステージを選別したりはしない主義である)

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警備厳重な国際空港の一歩外というのはエアポケット的な空間である。誤解を恐れずに言えば、非常に殺伐としていてただでさえ殺伐としている千葉県にあって「チバ中のチバ」といった趣である。千葉県、それはワールドスタンダードな「大都市の隣」の「忘れられた土地」である。決して嫌いではない。海外旅行に行った時には、治安が著しく悪そうでない限りはそういう町を積極的に歩く。がしかし、住むのはちょっとなあ、というのが正直なところだ。

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さて、ここから相模原へ。113キロコースである。この仕事で一番眠いのは、夜中よりもむしろ車中泊空けの午前中だ。そういうキツイ時間帯を挟むゆえに、写真はなし。納車後、この日3台目を引き取りに蒲田へ電車移動。日が落ちてから埼玉の春日部に向かう。都内経由の4号線(昭和通り)ルートは馴染み深いので気が楽だ。

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春日部に到着したのは、夜9時ごろ。通常の夜間納車(閉店後の無人の営業所にヒミツの手続きに従って納車)で特に問題なし。ただ、思ったのは、今回は駐車スペースが非常にタイトで、こういうケースは珍しくないだろうということ。(運転にあまり自信のない人は苦労する=いつか必ずぶつけるだろうなあ)と思いながらのツメコミ駐車であった。

トラックで荷物を運ぶのなら車を少々こするくらいは問題ない。しかし、運んできた荷物を傷つけたら弁償モノだろう。厄介なのは、我々の荷物は車そのものだということだ。剥き出しで傷つけるリスクが高いうえに高価。この点で、一般の運送業に比べてもリスキーな業務である。

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何はともあれ、本日はあと一台。東武で足立区に戻って、宇都宮方面へ。得意の「朝逃げ」後、次回は未明の宇都宮からスタートの最終日です。


【今回使用機材】

  

by hoq2 | 2014-01-26 13:49 | 写真(アドリブ旅行) | Trackback | Comments(0)

【アドリブ旅行01】横浜から巡り巡って佐久平=part2

「アドリブ旅行」
往年の「こち亀」の名エピソード
から拝借したこのフレーズが気に入っている。目的地不明、先の見えない旅。子供の頃からそういうロードムービー的な体験に胸が踊る。地についた足を離し、移動を開始する。その瞬間、肉体と精神が正真正銘の浮草になる。そして、社会や生きることのしがらみから自由になったような錯覚に陥る。

レンタカーの回送という仕事をご存知だろうか。ここではあえて詳細な説明をしないが、次から次へと乗り捨てられたレンタカーと鈍行列車を乗り継ぎ、全国の<下道>と<在来線>をぐるぐる巡って僅かな報酬を得る仕事である。次の目的地は直前まで分からない。

その点だけを捉えれば、自分にとってはこれは究極の「アドリブ旅行」である。ここでは、回送員として「稼働」した日々のロードムービー的な断片にスポットを当て、後のための忘備録を兼ねて写真と文章で記録していきたい。



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前回の続き。初稼働・2泊3日の旅の序盤である。

横浜から巡り巡って佐久平 Part1
横浜から巡り巡って佐久平 Part3
横浜から巡り巡って佐久平 Part4

初任務は、横浜から館山に下道でハイエースを運ぶこと。ウイリアム・ギブスンの名作ニューロマンサーの舞台のイメージが強い「チバ・シティ」を越え、内房のさらに先、房総半島先端部には深夜の到着となった。

レンタカーの回送業務には、軽自動車から大型建機まで含まれるが、僕は2t車までしか請け負わない契約をしている。要は99%乗用車ということだ。普通免許で運転できる4tトラックやマイクロバスも請け負った方が稼ぎは上がる。しかし、日常を超えたことをすると必ず事故を起こす。僕はそう思うから、安全を優先した。なにしろ、事故ったらかえって損をする。場合によっては弁償のために仕事をし続けるという、負のスパイラルに陥る可能性もあるブラックな契約なのだ。

それが分かっていても応募者が後を絶たない。さほどに現代日本の労働環境はいびつなのである。

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初回送車はその契約の中では最も大型な部類に入るハイエースであった。僕はこれを「試されている」と判断した。真相は分からない。以前、VWT4を自分の足としていたから、このサイズのバンが不慣れというわけじゃない。でも、ここ5年ほどは小型車ばかり乗っていたので、「その手に乗るか」(何が?)と超安全運転で決して道が良いとは言えない162キロを走破した。冬の南房総を象徴する「かえって寒々しい椰子の木」が見えてきた時、僕は勝手に一人で「勝った」と、ハイエースのハンドルを握りしめニンマリしたのであった。

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この仕事の金の流れは、エンドユーザー(レンタカーを借りる客)→レンタカー会社→回送業者→請負ドライバーというふうに4段階になっている。当然、上流に行くほど「神」に近い。ただ、日本の神様は西洋の天使と悪魔のように善悪で二分されておらず、善悪を内包した八百万(やおろず)の神である。スサノオノミコトもヤマタノオロチを倒すまでは狼藉の限りを尽くす乱暴者であった。この業界の「神」も、崇められると同時に疎まれる存在である。

我々請負ドライバーに下される指令に「朝逃げ」というものがある。直前まで車内で仮眠を取り、営業所の開店前、最寄りの交通機関が動いている午前6時ごろに納車して立ち去ることを言う。無人の営業所への納車となるので、当然、誰にも会うことはない。「営業所の人とのやりとりという面倒を避けて逃げる」ーそういうニュアンスが込められているのだ。

この「朝逃げ」という用語は、単なるドライバーのスラングではなく、回送業者のマニュアルにも載っている正式な業界用語である。僕は「朝逃げ願います」という依頼がスマホの画面に現れるたびに、なんだかちょっと嬉しくなる。表面的には「神」に平身低頭しながら、「さっさと納車して逃げちまおうぜ」と心の中でチロッと舌を出しているような連帯感。「神」は「神」でそういう下々の本音を知っていながら見逃しているとしたら、結構素敵な関係である。実際、特に都市部の一部にはそういう「神」が存在することが、後になって分かってくる。

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「朝逃げ」なりで納車した後は、続けて同じ営業所で新たな車を引き取り次の営業所へ向かうパターンと、公共交通機関を使って別の営業所へ引取に向かうパターンがある。後者の方が多く、たいていは最寄り駅から鉄道で向かう。今回、次の引取先は成田空港。同じ千葉県内でも最南端の館山駅から北端に近い成田への移動である。特急は使えないので、 2時間以上は優にかかる。ここで「ほう、ゆっくりできますな」と楽しめないと、この仕事は無理だ。

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ちなみに、鉄道移動中は無償。車を運転している時にだけ、距離に応じた報酬が出る。稼働時間(拘束時間)の時給に換算したら300円とかの世界。ただし、時給ではないから違法ではない。これから何度も言うことになると思うが、僕のようないくつかの特殊事情を抱えていない限り、絶対にオススメしない。その事情については、追々語っていくこととしよう。なにしろ、ここまで書き連ねて、初稼働の2日目がまだ始まったばかりなのである。(次回に続く)


【今回使用機材】

  

by hoq2 | 2014-01-26 13:47 | 写真(アドリブ旅行) | Trackback | Comments(0)

【アドリブ旅行01】横浜から巡り巡って佐久平=part1<序章>

「アドリブ旅行」
往年の「こち亀」の名エピソード
から拝借したこのフレーズが気に入っている。目的地不明、先の見えない旅。子供の頃からそういうロードムービー的な体験に胸が踊る。地についた足を離し、移動を開始する。その瞬間、肉体と精神が正真正銘の浮草になる。そして、社会や生きることのしがらみから自由になったような錯覚に陥る。

レンタカーの回送という仕事をご存知だろうか。ここではあえて詳細な説明をしないが、次から次へと乗り捨てられたレンタカーと鈍行列車を乗り継ぎ、全国の<下道>と<在来線>をぐるぐる巡って僅かな報酬を得る仕事である。次の目的地は直前まで分からない。

その点だけを捉えれば、自分にとってはこれは究極の「アドリブ旅行」である。ここでは、回送員として「稼働」した日々のロードムービー的な断片にスポットを当て、後のための忘備録を兼ねて写真と文章で記録していきたい。



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横浜から巡り巡って佐久平 Part2
横浜から巡り巡って佐久平 Part3
横浜から巡り巡って佐久平 part4

先輩の回送に同乗する1回きりの実地研修を終え、その場ですぐに初任務である。「スマホの使い方がずば抜けて早い」(回送業務のあらゆる連絡は、スマホ・携帯で行う。「通話」ではなく「入力」がほとんどである)というお褒めの言葉をいただいたが、いきなり本番というのは、いかにも「教えることがシステム化されていない」日本らしい。

自分がこれまで正社員として勤務したり、請負、アルバイトで働いた先で仕事を教えるシステムがしっかりしていた所は皆無である。ただし、この会社は<その中では>研修的なことに力を割いていた方だったということは申し添えておきたい。いや、「エクスキューズに抜かりがない」と言っておけば察してもらえるだろうか。

日本の企業風土は、欧米型の「ヒラや下請けの自主性を重んじ、そのうえでその仕事の成果を公平に評価する」というものとは逆だ。時代が変わったとはいえ、いまだ上に言われた通りのことをする<下の者>が評価される傾向が強い(当然、総論的な話ではあるが)。

つまり、下請け、孫請けと下流に下るほど、<上>に言われたことに対して、それがどんなに理不尽な要求や命令であっても逆らうことはできない。仕事全体の質を上げるためのちょっとした提案すら、下請けには許されない空気がある。この「空気」という得体の知れないものがクセモノだ。それは日本社会では最も重視されるものだから、はっきりと契約等で明示されていないことであるほど、それに従わなければいけないのだ。

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この仕事での僕の立場は「孫請け」に当たる。下流も下流、とにかく上流には一切逆らわないことにした。後の体験ではっきりするが、この業界の一部には差別的なヒエラルキーが存在している。そんな時、我々孫請け者は、何を言われても微笑を浮かべて「かしこまりました」「申し訳ありません」と、努めて機械的な態度で自己防衛する。ね、非建設的な関係でしょう?それが、今の階級社会化したこの国のブルーカラーの現実だ。

断っておくが、僕は本業ではこうした日本的なルールに逆らい、「上」も「下」もなく対等な立場で仕事を進めているつもりだ。それが理由で干されるのならば、それでいい。あらゆる努力は良いものを作る方向に向くべきである。それ以外の方向性はどう取り繕っても妥協でしかない。僕がロボットに徹するのは、この回送の仕事はあくまで「副業」であり、「本業」の上記のようなポリシーを守るための保険だからだ。そしてまた、その姿勢に徹することが、この副業を本業に反映し、昇華するための正解だと判断した。

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さて、回送の移動手段は原則として、車なら<下道>、電車なら<鈍行>である。高速と新幹線・特急には乗れない(例外は少なくないが)。正確には乗れないのではなく、「乗ってもいいけど、高速代や特急料金は出しませんよ」という経費システムなのだ。そして、仮に自腹で「投資」したら完全に赤字だ。つまりは、その程度の報酬しか出ないのだ。もちろん、これは普通の感覚では「大変」であり、理不尽である。しかし、僕のような物好きには下道&鈍行は良い面の方が多い。それについては追々語っていこう。

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事件が起きたのは上の写真を撮った後のことである。人生初の引取のため、レンタカーの営業所の最寄り駅を降りて歩き始めた時のこと。「ポロリ、ガシャン!」。矛盾する言い方だが、どんなに慣れているつもりでも慣れないことをするものではない。<写真撮影><初めての場所を探して移動><車の運転>。この仕事の各パーツは、どれもそれなりに実績と能力に自信のあることばかりだ。だが、これが組み合わさると勝手が違ってくる。いや、「慣れている」という慢心があったのかもしれない。

「レンタカーの回送業務」と「道すがらの街頭スナップ撮影」。この2つを両立するために、僕は伝票や着替えなどの「回送用品」をデイパック的なリュックに、カメラ(NEX-7)を首から下げ、交換レンズ2本ほか写真用品を普段は犬の散歩用に使っている小型のショルダーバッグに入れるスタイルを取った。即ち、背中にリュックを背負い、首からカメラを下げ、ショルダーバッグを斜めがけにする。ただし、営業所の人の前ではカメラをリュックの中に隠す。

このスタイルが「不慣れ」ゆえに確立しきれていなかったのだ。荷物の量が少し多すぎてカメラを入れるとリュックがキツキツだったし、初めて使ったそのリュックの正しい閉め方も分かっていなかった。カメラの重量で上蓋のジッパーが自然に開き、一番上に入っていたカメラが落下したのだ。不幸中の幸いというべきか、壊れたのは液晶部分だけで、ミラーレスカメラとはいえビューファインダー付のNEX-7なので、一応は撮影を続行できた。

しかし、修理代はこの2泊3日の稼働(この仕事はシフトが完全に自由で、半日程度で終わりにしてもいいし、車中泊をしながら何日も連続して続けてもいい。この一連の「回送員として動いている期間」を業界用語で「稼働」という)の稼ぎを上回ってしまうかもなあ・・・そうしたら、なんのために働いてるのか全然分からんなあ・・・

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しかし、ここで激しく落ち込んで自ら出鼻をくじいているようでは元も子もない。回送車でいきなり事故を起こしたわけではないのだ。そう、<お客様>のものを壊したのではない。あくまで業務外の私物の話である。しかも、修理にはヨドバシのアフターサービスポイントが丸々使えるではないか(どっちみち、NEX-7はそろそろOHしたいと思っていたのだ)。しばらく預けることになるだろうが、経済的な実害はなし!

というようなことを、少し裏道を歩いて(ビューファインダーのみで)写真を撮ったり牛丼を食べたりしながら考え、心を落ち着かせてから営業所に向かった。

そんなこんなで、さて、ついに初の引取りである。営業所の人とのやりとりは実にスムーズに進んだ。「失礼します!回送業者の〇〇です。◯◯ナンバーのハイエース、引取りに参りました」「ご苦労様です。2P分かりますか?」「初めてなので分かりません」。実に実に、マニュアル通りの正しいやりとりである。営業所の人も聞いていたような差別的な態度では一切なく、さすがヨコハマ、都会的でスマートだ。

2Pとは営業所とは別に車両を停めてある民間の月極駐車場のことで、都市部では営業所の敷地が狭いためたいてい2P、3Pがある。防犯上場所は秘密であるので、積極的にこちらから聞いてはいけない(回送業者のデータベースをスマホで参照しながら探す)のだが、ここではそういう請負業者目線の過度な気遣いをよそに、手際よく地図が用意されていた。そして、地図通りに歩いたら、徒歩10分弱でなんなく目的の車を発見。しかし・・・

車検証がない!納車時にスマホで登録年月日や車体番号を打ち込んで報告しなければいけないのだが、その情報を得るのに必要な車検証がないのだ。それに、万が一警察にバレたら、車検証不携帯で厳密には違反である。しょっぱなから真っ暗い中、ボンネットを開けたり右往左往するハメになったのであった。

結局、この車は車検に出したばかりで車検証がまだ用意されていないことが判明。代わりに『保安基準適合標章』という仮の車検証がフロントガラスに貼られていたのでそれが分かった。そういうシステムがあること自体を知らなかったので勉強になったのだが、しょっぱなからイレギュラーはちょっと焦りました(いや、実は細かいハプニング続きの人生なのでそうでもなかったが)。

ということで、エンジンONで1コクを北上。目指すは房総半島の最先端、館山です。

【アドリブ旅行01】横浜から巡り巡って佐久平=part2に続く

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by hoq2 | 2014-01-26 13:45 | 写真(アドリブ旅行) | Trackback | Comments(0)