【Nagano Snapshot】茅野でチノン5  チノンベラミとCHINON M42レンズでモノクロフィルム&デジタルカラー混ぜ撮り 2017 6/24


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2011年以来、住民票を長野県茅野市に置いている。6年間同じ所に住民票があるのは、住所不定ぎみの自分の人生の中では最長かもしれない。最近は長野県内の別の町にある親元にいることの方が多いのだが、御柱もしっかり見たし、茅野にかなり愛着を持っているのは確かである。







上のような取材的な撮影とは別に、茅野にいながら「茅野でチノン」という撮影行を細々と続けている。茅野市にかつてあったチノンというメーカー(今もブランドは別会社に引き継がれている)のレンズとカメラを使って茅野で街頭スナップを撮るという、ただそれだけの他愛もないシリーズである。チノンは国内ではどちらかというと8mmカメラで知られていて、スチルカメラ(特に一眼レフ)は輸出が主だったので、国産でありながら入手困難である。だから、まずはebayでおもにイギリスからM42マウントレンズを集めてNEX-7やα7IIにつけてデジタルで撮影することから始めた。今春からは、「馬車」で有名な80'sのコンパクトカメラ「ベラミ」やM42マウントの一眼レフボディ(CS2、CE3)も手に入れ、何回かそれらでモノクロフィルム撮影をしている。

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今回は、輸出仕様の馬車のないベラミでモノクロフィルム、M42マウントのAUTO CHINON 28mmF2.8、35mmF2.8、50mmF1.7、135mmF2.8 をα7IIにつけてデジタルカラーで撮ってみた。

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JR茅野駅の東の高台の昭和っぽい団地から、国道20号(甲州街道)へ降りる。街道沿いには、今も古い民家や土蔵が残る。成人するまで東京以外の日本の風景をそれほど知らなかった僕は、ある時期まで「日本はヨーロッパに比べて古い建物がほとんど残っていない」と思い込んでいた。しかし、日本の田舎には、意外と純和風の古い建築が残っていると、すっかり田舎の住人になった今は思う。貴重な文化財とまでは言えないまでも、しかし味があって残っていってほしいこういう田舎の街道筋の建物は、残念ながら今はほとんど空き家になっていてどんどん朽ちてきている。もったいない。写真を撮る者として、記録に残す義務があるのではないかと、少し焦り始めている。

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こうやって単純にカラーと白黒を交互に見せるのはダサいと思ったのだけど、この目まぐるしさが「古い街並みはやっぱり白黒がいいよね」とか、「昔のレンズの色は味があるよね」とか、そういうステレオタイプな感想を打ち砕くには効果的かもしれない。連続性のある風景の中で、カラーと白黒のどちらの世界にも入り込む暇を与える隙なく次のイメージがチカチカと出て来るのは、なかなか挑戦的で良いのではないか。もちろん、たまにやるから良いのであって、いつもいつもこういう姿勢で作品を見せるのは失礼だとは思う。

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もう一つ交互展示から見えてきたのは、チノン・ベラミというカメラのあなどれない実力であろう。80年代初頭の沈胴式・目測ピント固定焦点(35mm)レンズ付きのプログラムAEのプラスチック製コンパクトカメラだが、トイカメラと言うにはもっとちゃんとしている。もちろん、決して高級コンパクトカメラではないのだが、写りは一世を風靡したGR-1とかコンタックスTなどで撮った写真と並べても「言わなきゃ分からない」レベルだと思う。

しかし、今世間にウケているのはその機能面・性能面ではなく見た目である。今回持ち出した輸出仕様にはないのだが、国内仕様にはレンズドアの所になぜか東京IGIN的な馬車のレリーフがついており、それがダサかわいいと中古市場で高値をつけているのだ。僕は一応両方持っているのだが、デッドストックの新品で手に入れた輸出仕様の方を実用にしている。それは「馬車」に関係なく、性能面にも惚れ込んでいるというリスペクトの表明でもある。機能的にはほぼ同じLOMO LC-Aと共に、フィルム撮影時のサブカメラとして今後もどんどん使っていきたい。

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今回はM42マウントのチノンレンズという少々アヤシイレンズで撮っているとはいえ、α7IIという高画質デジタルカメラの画像と並べて遜色ないというのはすごいことである。カラー同士で比べるとまた違ってくるのかも知れないが、デジタルカラー撮影時に、ベラミにモノクロフィルムを詰めてそっとカバンに忍ばせておいて、ここぞという時にアクセントでモノクロを撮るという使い方も面白いのではないかと思う。

ベラミと他の目測ピントコンパクトカメラについての記事はこちら↓


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【使用機材】
Chinon Bellami

Sony α7II (M42-SonyE Mount adapter)
Auto Chinon 28mm F2.8
Auto Chinon 35mm F2.8
Auto Chinon 55mm F1.7
Auto Chinon 135mm F2.8


    

# by hoq2 | 2017-09-24 01:18 | 写真(Naganao snapshot) | Trackback | Comments(0)

【21st Century Snapshotman 】ニコンへの回帰2 多摩ニュータウン (2017 6/23)


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前回の投稿で書いたように、Paperpoolでの7月開催のニコンF〜F3で撮影した写真展『EX.F』のために、何十年かぶりにF3を持ち出した。



ちょうど、上のリンクの松原湖での撮影の2日後に東京郊外(昔は「都下」と言ったが、今は「裏日本」同様差別語扱いなようだ。頭の悪い時代である)の多摩ニュータウンで取材があったので、その帰りにF3で追加撮影をすることにした。前回同様、F3&ニッコールだけでなく、OM-4&ズイコーの2台体制である。

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小田急の唐木田駅前からスタート。多摩ニュータウンと言うと、1970年生まれの僕が若い頃は、文字通り新築が建ち並ぶ最新鋭の郊外住宅地というイメージだったのだが、2017年現在は老朽化・高齢化が進む「過去の町」になってしまったようだ。開発は1970年代から90年代にかけて行われたので、築20〜50年の家が多いと考えればさもありなん。とは言っても、やはり現代の時代の流れはあまりに急流すぎる。

駅前に、”シズノ像”が立っていた。シズノ像とは高校時代の仲間内にしか通じないスラングである。シズノさんという80年代後半当時、70年代後半のファッションを貫いていた女子がいたので、その当時から見て一昔前の服装をした女性の彫像をそう呼んでいたのだ。学校の図工室にありそうなこの手の彫像は日本の町角の至る所に建っている。しかし、ほぼ例外なくそのファッションは70年代風で、その他の時代の雰囲気の像はあまり見かけない。こういう彫刻作品を町角に立てるのは70年代特有の流行だったのだろうか?

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正直なところ、数年前より以前は、こういう新興住宅地に住みたいと思ったことがないし、撮りたいとも思わなかった。国内でのストリートスナップは専ら東京の都心か下町で撮っていたし、国内で住んだことがある場所も少なくとも郊外住宅地ではなかった。だから、この多摩ニュータウンをちゃんと撮り歩いたのは、今回が全くの初めてである。今、なぜ撮れるのかと言えば、このブログで何回か書いているが、6年前に信州の山の中に移住して、人のいない田舎の風景をスナップするトレーニングを積んだからだ。スナップ撮影の幅が広がった結果、食わず嫌いを克服したのだろう。

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もっとも、自分の中に、こういう「無機質な中に人の営みのぬくもりが見え隠れする」というニュータウン的風景への強いシンパシーがあるのも確かだ。ニュータウンとは言えない都心に比較的近い地域ではあったが、高層団地で子供時代を過ごしたからかもしれない。ヨーロッパへ旅行した際も、歴史的な町並みよりも中心部から外れた郊外住宅地にドキドキしたのも事実である。東京の下町や東南アジア的なぬくもりがある風景が大好きだし、気分を乗せて撮れるのもまた事実なのだが、人には二面性三面性がある。僕の感性の一部にニュータウン的風景を好む性向が巣食っているのは間違いない。ホックニーが描くプールサイドがある情景のイメージが大好きだと言うと伝わるだろうか。

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幹線道路を渡る橋を経て団地群から少し離れる。地方都市では、一軒家が集まる新興住宅地も「団地」と言うことを、社会人になって地方に赴任して初めて知った。単に「団地」と言って普通イメージする高層団地は子供の頃のノスタルジーがあってよく撮るのだが、一軒家の「団地」は、日本の風景で最も寡写になるエリアかもしれない。

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「団地」を抜けるとゴルフ場が忽然と現れた。住宅地の中にあるゴルフ場というのも、非常にホックニー的な風景である。

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多摩ニュータウン全体では少子高齢化が進んでいると言っても、地方やドーナツ化する都心よりはずっとマシで、今回歩いたエリアでは小学校の児童数は増えているそうである。実は、この撮影前にこの地域のある小学校で取材をしたのだが、そのすぐ向かいに同じ市立の別の小学校が建っていた。いずれも僕が通っていた小規模な23区内の小学校に比べれば超マンモス校である。なおかつ、その2校とも児童数が今の時代に増えているというのだから、驚いた。

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そして、戦後の新しい町にも日本古来の神が宿っている。スクラップ&ビルドの文化でありながら、時間的な意味での歴史が長いこの国の不可思議で面白い側面だ。

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『EX.F展』には前回の松原湖での撮影行分と合わせて、下のFacebookリンクで紹介した2枚を出品。ニコンって、先鋭的な切れ味はないけど、間違いなくキッチリ撮れるんだよなあ、と再認識した。



【使用機材】
Nikon F3
Ai Nikkor 28mm F2.8 S
Ai Nikkor 50mm F1.4
Ai Nikkor 85mm F2 S

Olympus OM-4
Zuiko Auto-W 21mm F3.5
Zuiko Auto-W 35mm F2.8


    

# by hoq2 | 2017-08-31 22:45 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)

【21st Century Snapshotman 】ニコンへの回帰 長野・松原湖 (2017 6/21)


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このところ『Paper Pool』の合同企画展に連続して出品させてもらっている。このギャラリーの特徴として、カメラの機種やフォーマットなど、いわゆる「機材縛り」の企画が多いのだが、今度のお題は「ニコンF」とのことで、自分の出番はないと思っていた。Fがいくら名機だといっても、今あえて遡って使う理由が自分にはないし、かつて現役で使っていたわけでもない(Fは僕が生まれる前に発売されたカメラだ)。

もちろん、『Paper Pool』さんの企画はいつも興味深くフォローしているので、「Fだけでなく、Fヒトケタに広げてはどうか」という意見を巡って喧々諤々があったのは横目で見ていた。それで、「F2、F3はOKにしよう。ただし、モータードライブはなし」(要はMF一眼のニコンフラッグシップ)という結論を見て、F3ユーザーとして参加表明させてもらった。とはいえ、僕の手元にあるF3は、アマチュアカメラマンである義理の母のもらった5、6台の「使わなくなった銀塩カメラ」の一台であり、僕はこの一年ほどその中の一台であるライカM6TTLに夢中になっていたので、そのF3には一度もフィルムを通していなかった。

だが、20代のころ新聞記者として仕事カメラに使っていたのがこのF3とF4であり、その後カメラマンに転身してF5、D1、D2、D2Hとニコンのフラッグシップを10年余り使ってきた。僕にとって、(今はキャノンユーザーなのだが)ニコンはプロとしての自分の写真の原点である。

そういう特別な想いがあるカメラなので、開催まで数週間、F3の新作が1枚もない状態で参加表明させてもらった。自分の場合、写真を撮りためて一区切りついたら発表するという手順を踏みたいので、個展などの枠が先に用意された状態で「作品展のために撮る」ということはほとんどやらない。だが、今度は状況が状況なので、「F展のためにF3で撮る」ということをせざるを得なかったのだ。ただ、あまり「Fっぽい写真を撮る」という目的に縛られたくはなかったので、まずは用事でたまたま出向いた長野県・八ヶ岳山麓の松原湖をF3とサブのOM4で撮ることにした。

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このブログでよく書いているように、僕はボディ2台にレンズ5本くらいで街頭スナップをすることが多い。ボディ2台にそれぞれ今なら24-70の標準ズームと70-200望遠ズーム(または16-35の広角ズーム)をつけて、あらゆる状況に瞬時に対応するというのが、特に新聞の報道カメラマンの基本スタイルである。僕はその文化で修行したので、今でも報道系以外の仕事でも2台体制が当たり前になっている。とはいえ、今回はお題のカメラはF3一台しかないので、ここはあえて自分のスタイルを貫くことを優先して、サブにお題とは無関係のOM-4を持ち出した(軽快なOMシステムはサブカメラに最適で、最近お気に入り)。レンズはF3用がAi28mmF2.8s、Ai50mmF1.4、Ai85mmF2s。OM-4はZuiko35mmF2.8、Zuiko21mmF3.5、Zuiko135mmF2.8。

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僕のF3のイメージは90年代初頭だ。発売は1980年とずいぶん古いのだが、2000年まで生産していた息の長いカメラなので、重ね合わされる時代背景が人によって結構違うのではないかと思う。僕の場合は、1993年に新聞社に記者職で入社(後にカメラマンに転身)し、仕事用と自分の趣味用を兼ねて中古のF3を買った。写真部のカメラマンは会社から機材を支給されるが、地方版などでは記者が自分で写真を撮る場合がほとんどで、それ用の「記者カメ」は支給されず、皆思い思いに私物を使っていた。ただし、会社からレンズを借りたりプロサービスを受けることができるため、ほぼ全員がニコンであった(写真部員には少数ながらキャノンユーザーも当時からいた)。

報道の話から離れても、F3の時代的イメージは不変だ。だから今回、せっかく松原湖というマイナーながらも観光地に来たのだから、何かバブル崩壊前後あたりのその時代の、まだ「いい日旅立ち」的な昭和の臭いが残る旅情を撮りたかった。松原湖は今回が初訪問だったのだが、おそらく1993年あたりに来ても、その10〜20年くらい前のノスタルジーを感じる場所だったのではなかろうか。今調べたら、「いい日旅立ち」は1978年のリリースらしいから、ちょうど良い感じだ。



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しっかり間違いなく撮れる感じはやはりニコンであり、ニッコールの線の太いしっかり感とズイコーのどちらかと言えば繊細なシャープさとは、描写の傾向が違う。まあ、しかし、ここで混ぜ込んでも言わなければ分からないレベルではある。そもそも、レンズの「味」なんていうものは、絞っちまえば皆一緒だというのが真実であろう。しかし、そう思っていた割には、今回は傾向の違いが出たように思う。奇しくも同じ水辺となった前回投稿のキャノンFDとオリンパスズイコーで撮った「手賀沼」は、違いがほとんど見られなかった。


似ているから相性がいいのか、違いが際立つ方がいいのか。まあ、それはどっちでもいいのだろう。そのあたりは自己満足の世界以外の何者でもないのだから。

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ただ、思うのは、ドイツ車に乗っていた20-30代の頃はニコン派で、イタリア車に乗っている40代の今はキャノン派というのは、関係があるような気がする。一方で、趣味の方のレンズはツァイス派からライカ派になってきており、逆の好みになっているような気がする。要はこれもまた、「どっち(で)もいい」というのが正解なのだろう。あまりレンズの「味」に引っ張られない方がいい。

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1時間程度で一周できる小さな湖(前回の手賀沼は沼なのにここよりずっと大きい)だが、ご覧のように時代に取り残されたようなタイムスリップ感がある空間である。「いい日旅立ち」なちょっと昔の旅情は確かに感じられたが、それにしても寂れ過ぎかもしれない。「2020年」という数字があちこちで変革の目安・目標になっているように、こういう昭和の廃墟のような景観が一新される日も近いであろう。

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「F展」には2枚出す予定である。もう1回か2回、F3で撮影に行く必要がありそうだ。

【使用機材】
・Nikon F3 HP
・Ai Nikkor 28mm F2.8 S
・Ai Nikkor 50mm F1.4
・Ai Nikkor 85mm F2 S

・Olympus OM-4
・Zuiko Auto-W 21mm F3.5
・Zuiko Auto-W 35mm F2.8
・E.Zuiko Auto-T 135mm F2.8

     

# by hoq2 | 2017-08-18 01:33 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)

【21st Century Snapshotman 】鉄塔の水郷 千葉・手賀沼 (2017 6/9)

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午後からの取材の前に、千葉県の手賀沼を周遊した。柏側の「道の駅しょうなん」から、水辺沿いに西へ進み、沼をぐるっと回って我孫子側に回って手賀大橋を渡って道の駅に戻ってくるというコース。写真を撮りながら、3時間ほどかかっただろうか。これでも全体の半分くらいだから、かなり広い沼である。世には沼か池としか思えないもっと小さな「湖」もたくさんあるから、不思議なものである。

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手賀沼に来たのは2回目だ。前回はかれこれ20年以上前、手賀沼を見下ろす高台にある友だちの家に泊まった時だ。まだ行動範囲が狭かった当時は、「我孫子?沼?何それ?」という感じで、手賀沼自体の印象も薄い。国内の色々な場所を見た今の印象は(大都市近郊の田園風景にありがちなのだが)、とにかく鉄塔が多い!一方で昔の印象よりも開けた感じでもあり、この日は蒸し暑かったが、季節が良い春先などは気持ちがいいだろうな、と思った。観光地未満の「普通の場所」好きの自分としてはなかなかポイントが高い水辺の風景だと感じた。

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前回の投稿でも書いたように、今、フィルムの街頭スナップで一眼レフに回帰しつつある。フィルム中断前の瞬発力を生かした作風と、フィルム出戻り後にライカで会得した静かに空気感を切り取る作風をうまい具合に融合させ、次のステップに進むのが最終目標だ。一眼レフへの回帰は、その折り返し地点での試みということになろうか。

一眼レフ回帰の初回は、以前のプライベート作品用の主力だったコンタックスをメインに、EOSkiss7をサブに使った。今回は、キャノンA1をメイン(NFD28mm2.8、NFD50mm1.4、NFD80-200mF4)、最近お気に入りのオリンパスOM4+Zuiko35mm2.8をサブとした。それから、前回に続いて隠し味にLOMO LC-Aも少し使った。

フィルムを再開すると、不思議なものであちこちからタダでカメラが集まってくる。いったんは、ほとんど全てのフィルムカメラを処分してしまったのだが、今は中断前よりも数は多い。前回のコンタックスAriaも大学の同級生から現像用品一式と一緒にもらったものだし、EOSkiss7は実家で使われなくなったもの。OM-4は、亡くなった方の形見としていただいた。しかし、今回のA1は、ちゃんとお金を出してあらためて買ったものだ。

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A1には、個人的な思い入れがある。大学生当時、僕は写真部に在籍しながら、ある時からカメラを持っていなかった。旅の途中で当時の愛機のコンタックスRTSを電車に置き忘れてなくしてしまったのだ。その後友人に借りたのがA1で、その友人と他の何人かで合作して写真展をやったりしたこともあって、結構思い入れがあるカメラなのだ。彼がA1を貸してくれなかったら、そのまま写真をやめてしまった可能性もなきにしもあらず。今になってあらためてこのカメラが欲しくなったのは、窮地を救ってくれたA1のご加護よ再び、という思いが潜在的にあったからかもしれない。

僕は、スナップを撮る場合には、「一眼レフ・マニュアルフォーカス・絞り優先AE・手巻き」が一番しっくりくる。そうすると70年代後半から80年代前半くらいの機種がちょうど良いのだけど、既に電子化されている割に中途半端に古いので、中古市場に出回っているものはたいていなんらかの故障を抱えている。それ以前のメカニカル機よりも修理・調整が難しいうえに、プラスチック部品が多かったりしてカメラマニアの人たちの所有欲をあまりくすぐらない。その分、ジャンク品は数千円で手に入ったりするので実用派の僕としては好都合である。その辺を見越しつつ、このA1は、オークションより値は張るが、修理業者が販売する完全レストア済みの品を買った。

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鉄塔また鉄塔。新聞記者時代、埼玉県内の通信部勤務になったばかりの時、地方版のコラムに「埼玉は鉄塔だらけだ」と書いたら、現地採用のベテラン記者に「そんな感想初めて聞いた!」と驚かれた。埼玉で生まれ育ったその人には、あの巨大な鉄塔が空気のように当たり前の存在だったのだろう。手賀沼は千葉だが、東京近郊の都会と田舎の境目は、どこも都会に電力を送る鉄塔だらけだ。そして、僕は、鉄塔が嫌いではない。むしろ好きかも知れない。微妙に違う鉄塔の美しいモノクロ写真を図鑑的かつ芸術的に並べた写真集をドイツで見たことがある。そういうフェチもいるくらいなのだから、鉄塔=殺伐とした嫌な光景と感じる人ばかりではない。そうは言っても、昔わざわざ電車を乗り継いで登りに行った山の頂上に鉄塔があった時はがっかりしたのも事実である・・・。

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A1は今で言うハイアマチュア向けカメラの先駆けで、両モードAE搭載、ダイヤル式のシャッター・絞り設定、軽量化したプラスチックボディなどキャノンらしい意欲的なカメラだ。今のEOSの操作系につながる先駆けと言える。逆に言えば、ニコンFE(FM)などのようなスタンダードな作りではないので、悪く言えばクセがある。僕自身、当時もあまり使いやすいとは思わなかったが、「だがそこがいい」という類のモノである。今回も、久々のA1のクセに慣れるまで少し時間がかかってしまった。その結果、何か変なことをしたのだろう、一眼レフには珍しいコマダブリをやってしまった。しかも今回一番のシーンで。

しかし、今の時代は便利なものである。下の写真のように、かなりそれらしく修正できるのだ。素直にこういう技術の進歩は歓迎したいし、すべきである。

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このあたりから対岸に回り込んでいく。

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手賀大橋を渡り、スタート地点の道の駅に戻る。

今度来た時は残り半分を歩いてみたいが、いつになることか。

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【使用機材】
・Canon A1
・New FD 28mmF2.8
・New FD 50mmF1.4
・New FD 80-200mmF4

・Olympus OM-4
・Zuiko Auto-W 35mm F2.8

・Lomo LC-A


       

# by hoq2 | 2017-08-11 23:51 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)

【21st Century Snapshotman 】35mm 2本勝負 ちょっとだけロモグラフィー 東中野ー中野ー新宿(2017 6/5)

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前回の投稿では、レタスで復活した過疎の村(長野県川上村)を歩いたが、その2日後は一転東京である。1ヶ月後に予定していた目測ピントカメラの写真展用に、少しLOMO LC-Aで都会の街頭スナップを撮っておきたかった。そこで、なんとなく四畳半裸電球一人暮らし的なイメージを抱いて、中野あたりを歩いた。断っておくと、四畳半裸電球な中央線沿線の一人暮らしという具体的な体験はない。高校・大学は普通に親元から通っていた。ただ、ある地方在住の若い人が最近、東京は充実した雰囲気に満ちていると言っていたのだが、僕が学生の頃の80〜90年代の東京は、確かにそういう絶対的な活気があった。今の東京にも、そんな貧しくも若いエネルギーがあるのだろうか。「ちょっとだけロモグラフィー」で探し求めてみた。

ただ、全編LOMOで撮るほど僕は恥知らず、もとい、自信家ではないので、メインはオリンパスOM-4+ズイコー35mmF2.8。LC-Aも32mm2.8搭載なので、同等スペックの写りの違う(ズイコーは極めて普通にきれいに撮れる。LC-AのMinitarは、きたなきれいな典型的なロモグラフィーな写り)「35mm2本勝負」に挑んでみた。

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最近は高速バスで東京に行くことが多いので、街頭スナップのスタート地点も、新しいバスターミナルができた新宿南口になることが多い。黄色い総武線に乗って東中野で下車。高田馬場あたりで青春時代を過ごしたのに、考えてみれば降りるのは初めてであった。

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オリンパスとロモのどちらで撮ったかはあえて明らかにはしない。LOMOはコーヒーにクリープを入れるように、もっと言えば、地味に隠し味的に使いたい。

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冒頭で触れた東京独特の活気を、僕は学生当時、「誰もいない路地にも人の気配がする」と表現していた。三脚担いでバルブで夢の島で夜景なんぞ撮っていても、渋谷のスクランブル交差点に立っていても、人の気配に満ちた充実感がある。北海道出身で外国暮らしも経験してきた親に「なんで東京なんて汚い街を撮るのか」と聞かれ、その東京独特の活気を撮っているのだと答えたら、少しは納得してもらえたのを今でも覚えている。

しかし、リーマンショックあたりを境に、震災を挟んですっかりその活気は失われてしまった。地方ほどひどくはないけれど、今の東京は「昭和の廃墟」の趣きである。ただ、戦後や昭和を知らない新しい人たちが作る新しい活気はゆっくりと少しずつではあるが、にじみ出始めている。今、僕は、そのかすかな兆しをピンセットで慎重に拾い上げるように東京を撮っているような気がする。

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リーマンショックの頃に日本は第二の敗戦を経験したと僕は思っているが、瀕死の日本が息を吹き返すとすれば、やはり東京から復活していくであろう。今がまさにその時期なのかも知れない。僕は今、しばらくやめていた「人」を撮ることを、以前とは少し違う意匠を込めて再開している。同じフィルム撮影でも、ライカを少し休んで瞬発力が高い一眼レフに回帰しているのも、もっと「人」を撮るためだ。

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中野駅前から、大好きな東京の夕暮れの空気を感じながら、新宿方面に戻る。この街のこの時間帯が好きなのは、この街で暮らしていた頃の学校や仕事から解放された「夕方」という過去の日々の積み重ねと、オーバーラップするからであろう。

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この後、ゲリラ豪雨で撮影は強制終了。ほうほうの体で地下道に逃げ込んだ。夕立ちという、日本的なしとやかな夏の雨はもう戻ってこないのだろうか。今の日本は、気候すらも昭和・平成前期の頃とは変わってしまった。

そして、今回LOMOで撮った写真は、結局写真展には出さなかった。「目測ピント」であるという部分が写真展のお題だったのだけど、今回の撮影スタンスはLC-Aのその部分ではなく、隠し味的な「写り」の方だった。ちょっと方向性が違ったようだ。

結果出した写真は下のFBの投稿のリンクからどうぞ。



【使用機材】
・Olympus OM-4
・Zuiko Auto-W 35mm F2.8
・Lomo LC-A

・Ilford FP4 Plus


  

# by hoq2 | 2017-08-08 16:30 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)