【21st Century Snapshotman】2017 2/11 板橋・西台 パワースポットの私的考察

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高台にある町には、何か不思議な引力がある。子供の頃から、遠くに「山」が見えるとそこに行きたくなる衝動にかられる。この場合の「山」とは、せいぜい町中の高台のことである。例えば、高校1年の時、多摩川の土手を友人と歩いていて、対岸の川崎側に竹藪の間から家が見え隠れしているような「山」が見えた。「あそこに行ってみよう」と、2時間ばかりかけて歩いて行った先は登戸の住宅地の一角であった。派手に冒険心をくすぐるような場所ではなかったが、どん詰まり(頂上)の鉄塔に到達して我々は地味に満足であった。長野県に住んでいる今はどこもかしこも本物の山だらけで、よく犬連れでトレッキングをしているが、上記の町中で「山を目指す」という衝動は「そこに山があるから登る」という冒険家的習性とはまた別の、おそらくは他の人にはあまりない私的な習性である。

今回も、板橋区内の仕事先の帰り、「山」が見えたので自動的に目指した。引き寄せられる方へ引き寄せられる方へと歩いた結果、あとで地図を調べてみると「板橋区西台」一帯をぐるりと周遊したことになる。

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都会の「山」の頂上には、なぜか竹藪がある。現代的な様相に宅地開発化される前の名残であろうが、僕にとってはムードを駆り立てる要素だ。都会のエアポケットのような、やや奥まった場所。駅から徒歩15分以内の都会ではあるけれど、急坂を登らなければたどり着けないという不便さを抱えているためか、ローカルな要素であったり時代に取り残された要素が点々と残る。僕が写真に写し込みたいのは、そういうものとその空気感である場合が多い。竹藪は、その代表的な分かりやすい例だ。だから「山」を目指すのだろう。

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街中の山道に刻まれた「〇〇〇」の紋様にも、妙に引き寄せられる。何か幼児期の記憶と強く紐付けられているようで、強い懐かしさを感じるのだ。このすべり止めの意味でついている「〇〇〇」が刻まれた道路は、今も新たに作られているのだろうけれど、昭和の時代の方がポピュラーだったと思う。幼児期は都内のちょっとだけ高台にあった団地からいったん川沿いに下りてまた坂を登った所にある幼稚園に通っていたので、「〇〇〇」の道を毎日歩いていたのだと思う。子供の身長だと地面が近いので、今もビジュアルとして思い出す幼児期の記憶として「〇〇〇」が強く印象づけられているのだろう。

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さて、西台の“山頂”の中心地には天祖神社という神社があった。<「〇〇〇」の坂を上って竹藪を横目に進むと神社があるーー。>と言うと、いかにもパワースポット的ではないか。いや、僕はオカルトの信奉者ではないし、軽薄な観光ビジネスに乗るほど純情ではない。だが、「山」に引きつけられたり、都会のエアポケットを彷徨うのを好む程度にはロマンチストであり、世間の受け止め方とはずれているかもしれないが、パワースポットの存在自体は認めている。

この天祖神社は、成立年代は不明で、円墳の上に立っているという説もあるそうだ。そもそもそれを喧伝している人々が色々な思惑を持っている「パワースポット」には、明確な定義はない。マスコミでもてはやされている霊能者がそう言っているからとか、広告代理店に勧められて町の観光協会がそう言い始めたとか、その程度のものである。西台の「山」が古墳だったという説は、確かにこの地に引き寄せられ、一種独特な空気に触れながら神社に辿り着いた身としては、なるほど、そういう霊性を感じる土地であることは認めざるを得ない。でも、実際のところは、古の王の霊がどうのこうのというよりも、人間の本能がパワースポットを作り上げているのではなかろうか。人の心は、起伏のてっぺんや底といった「僻地感」や「突端感」に引き寄せられるようにできているのではないか。よく岬めぐりをする人がいるけれど、その心理に近い本能だと言えば分かりやすいだろうか。

つまり、パワースポットとは「スポット(場所)」の方に「パワー(力)」があるわけではなく、人の本能の方にその源があるのではないかと僕は考えている。「人の本能が勝手に反応して引き寄せられる場所」がパワースポットなのだ。特に日本人は自然=土地を信仰する民族だから、結果的にそこに神社を建てたりする。だから、場所の方に力があるのだと思わされやすいが、人の心の中にこそパワーが秘められているのだ。

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天祖神社から南へ下っていくと、仁王像が睨みをきかせる圓福寺を過ぎ、交番があるあたりの東側が崖になっていて、谷底が見える。その斜面にへばりつくような感じで、青白橙黃緑の五色幕がたなびくお堂が見えた。「山」から「下界」に降りる長い滑り台のある公園を通って、一旦谷底へ。少し歩くと新築の住宅と朽ち果てた古い木造の“お化け屋敷”の間に人がやっとすれ違えるくらいの参道がある。そこを抜け、崩れそうな急な階段を登りきった所に「西台不動尊」が建っている。お堂を戴くささやかな斜面には、もう梅と水仙が咲いていた。普通の住宅地にポツネンと佇む異空間である。ここに至り、僕の本能はこの一帯を完全にパワースポットに認定していた。

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今回使ったのは、ライカ(M6TTL)に28mm、50mm、90mm。パーフォレーションのある「ましかく写真」は、いつものようにインスタマチックカメラで撮っている。ただし、街頭スナップで135フィルムとの混ぜ撮りをする際にいつも持ち出すポケットカメラのローライA26ではなく、レンズ交換式一眼レフのローライフレックスSL26である。こちらはおもにフォトエッセイの仕事用に使っているが、フィルムの詰め替え方でまだ試行錯誤している部分があり、今回はテスト的に持ち出した。

ライカの28mmと90mmはいつものツァイス・ビオゴンとミノルタ・Mロッコールだが、50mmはいつものエルマ−MではなくLマウント・キャノンの50mm1.8(セレナー銘と同レンズ)を使った。この50mm1.8はなかなかの名玉で、21世紀のレンズであるビオゴンやフィルムカメラ円熟期のMロッコールとこのように混ぜて使用しても、全く違和感がないことと思う。もちろん、デジタル暗室での画像調整込みでそうなっているわけで、素では他の2本に比べてクラシックな柔らかい描写をする。しかし、キャノンらしい優等生タイプなので、使い方と画像調整の仕方しだいで趣味的なクラシック・レンズとしても、実用的な「普通の標準レンズ」としても使える。今回はレンズを味わう的な趣味性が出る開放付近の使用を避けて、後者の使い方をしている。

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西台不動尊の参道を引き返し、あらためて坂を上がってから、眼下の首都高に向かって「西台の山」を後にした。最後に撮ったカットも、最初と同じ「竹藪」であった。

【使用機材】
・Leica M6TTL
・Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8
・Canon 50mm F1.8 (Lマウント)
・Minolta M-Rokkor 90mm F4
・Rolleiflex SL26
・Pro-Tessar 40mm F2.8



     

# by hoq2 | 2017-03-05 17:58 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)

フレンチ・ブルドッグとプアマンズ・ライカと歩く金沢

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1月中旬、出張ついでに金沢観光をした。とはいっても、仕事優先の日程なうえ犬連れ(フレンチ・ブルドッグの「マメ」)なので、観光というよりはいつもやっている「カメラを片手に散策」の延長である。初日の夕方に長町武家屋敷界隈を小1時間、金沢港のペットと泊まれる宿に一泊した翌朝に、醤油製造や海運で栄えた大野の海辺の街並みを散策した。

カメラは、デジタル街頭スナップで最近お気に入りの「プアマンズライカ」。要は、α7IIにライカMマウントアダプターをつけて、ライカ用レンズ(僕の場合はツァイス・ビオゴン28mmF2.8ZM、ライツ・ズマロン35mmF3.5、ライカ・エルマーM50mmF2.8、ミノルタ・Mロッコール90mmF4)で撮影する。これを最初に試みたリンク先の「信州・和田宿」での撮影の後、マウントアダプターは中華製の激安品から、コシナ・フォクトレンダーのVM-E Closefocusアダプターに更新した。「プアマンズライカ」を主力機材の一つとして使っていこうと決めた以上、その要となるマウントアダプターはしっかりとした品質のものにしなければなるまいし、レンジファインダーカメラ・レンズの欠点である最短距離の長さをカバーできるというヘリコイド付きアダプターのメリットは非常に大きいと考えたからだ。今回も、下の3枚のようにマメのアップや旅先のグルメを撮るのに重宝した。最短が1mのズマロン(1枚目と2枚目)でも、一眼用35mmレンズ並みの最短45cm程度、ビオゴン28mm(3枚めのカニの写真)では21.2cm(元レンズは50cm、なおかつM型ライカボディでは距離計は70cmまでしか連動しない)まで寄れる。

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金沢には何度か立ち寄ったことはあるが、しっかり目指して行くのは初めてだ。長野県の軽井沢近くの実家から上信越道・北陸道と乗り継いでゆく。このルートの冬は、新潟県境手前からかなり雪深い。この日もしっかりと雪が降り積もっていて、車の選択をジムニーにしたのは大正解であった。

雪の高速の運転は緊張するが、無事積雪エリアを過ぎて海沿いの北陸道へ。富山県の魚津で一旦高速を降りて、港で海鮮丼を食べた。

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冬の金沢の風物詩と言えば、庭木を雪の重みから守るための「雪吊り」が有名だが、武家屋敷街の土壁を雪や雨から守るための「菰掛け(こもかけ)」というのは、今回初めて知った。土蔵を藁のムシロのようなもので覆うのだが、「雪吊り」と共に、水分を多く含んだ重い雪が降る北陸ならではの工夫だ。同じ積雪地でも、気温が低く、粉雪が多い信州では、少なくとも僕の生活基盤がある蓼科・諏訪地方や軽井沢方面では見られない。

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15年ほど犬と暮らしているが、「ペットと泊まれる宿」は初めてである。その代わり、テント泊2回、車中泊は5、6回はあるだろうか。そもそも今回も出張ついでであるように、純粋なレジャー目的の家族旅行をする余裕がない。でもその分、フリーランスの自由を生かして人がレジャーに来るような清涼な山の中に暮らしている。旅先から帰ってくると、いつも「でも、結局うちのあたりが一番いいよね」となるのも事実なのだ。そうは言っても、「みんなで宿に泊まる」という経験はやはり一生の思い出になった。部屋も完全なプライベート空間だったので、マメも全くストレスなく一晩を過ごせたようだ。

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宿は金沢港の一角の醤油製造が盛んな「大野」という港町にあった。鄙びた漁村かと思いきや、武家屋敷街に劣らない立派な古い木造の日本家屋が並ぶ。近年あまりお目にかかったことのない、豊かさを感じる港町であった。

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マメにとって良かったのは、この日の金沢は信州に比べて圧倒的に温かかったことだ。雪が降るというだけで北陸は寒いというイメージがあるかもしれないが、寒冷地では「雪が降ると温かい」と言うくらいだ。冬にしてはしっとりとした湿度もあり、ビル風吹きすさぶコンクリートジャングルの東京よりも、体感はかえって温かいかもしれない。

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物事の普遍性こそが、善きものだと考えている僕は、どこへ行っても同じような写真を撮りたい方だ。もちろん、その土地土地の特徴的な風物や空気感を写し取ることにもやぶさかではないが、同じようなものを撮ったとしても、それは自然に写し込まれるものである。土地の固有の歴史とか、空気の臭いとか、日差しの違いとか、そういう「目に見えないもの」だと思われているものも、実はちゃんと目に見えるし、レンズという冷たい機械の目を通してでも、フィルムやセンサーにしっかりと焼き込まれるのだ。だから、僕は写真という表現を肯定的に信じているし、「本当に大事なものは目には見えない。写真にも写らない」というのは、カッコつけの芸術家気取りの戯言だと思っている。

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高台にある神社と公園に登った。僕は可能な限り、その日歩いた町を少し高いところから俯瞰するようにしている。そうすることで、何かその町を自分の中に温かく抱え込めるような気がする。

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最後にもう一度海辺を少し歩いてこの町と別れた。これまであまり撮ってこなかった「海辺の街頭スナップ」にもっと足を踏み入れたくなった。その相棒はまた、このプアマンズライカになるだろう。

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【使用機材】
・Sony α7Ⅱ
・Voigtlander VM-E Close focus adapter
・Biogon 28mmF2.8 ZM
・Summaron 35mmF3.5
・Elmar-M 50mmF2.8
・M-Rokkor 90mmF4


        

# by hoq2 | 2017-02-27 18:15 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)

【21st Century Snapshotman】2016.12.25 クリスマス・デーのアメ横・上野公園 


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アメ横に初めて行ったのは、ミリタリー少年だった小5か小6の頃だ。お目当てはもちろん、中田商店で、初めて買ったのは弾痕のような穴が空いた米第1騎兵師団のウールジャケット(500円)だったように記憶している。近隣には、僕のソウルフード(札幌ラーメン「えぞ菊」の味噌)もあるので、東京を離れた今もアメ横にはちょくちょく立ち寄る。

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ここは、街頭スナップの舞台としても僕の定番である。特に、街頭スナップの一ジャンルと言えるほど、これまた定番化している「群衆」を撮る場所として、真っ先に候補に上がるのがここだ。あるいは、一般的には渋谷のスクランブル交差点もまた群衆撮影の定番であろうが、僕は新聞カメラマン時代に命じられて撮った以外には「渋谷の群衆」を撮ったことはない。渋谷は幼少時に過ごした町のターミナル駅で、上野は10代後半以降に過ごした町のターミナルである。どちらにも愛着はあるのだが、今現在現実として目の前に現れる人々や風俗に肯定感や愛情・愛着を感じるのは、スクランブル交差点やセンター街よりもアメ横や上野公園の方である。それにはたいした根拠はなく、個人的な感覚の問題に過ぎない。

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昨今の東京都心はどこへ行っても外国人観光客が多いが、アメ横に限っては、国際色豊かなのは昔から変わらない。観光客よりも、在住外国人の日常の買い出しが多いという印象も、今も昔もあまり変わらない。僕は生まれがビルマ(ミャンマー)なのだが、記憶には全く残っていないものの、大人になってから何度か訪問したことがある。アメ横へのある種の共感は、そこからも来ているかもしれない。

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今回の写真は昨年(2016年)の12月25日、クリスマス・デーに撮ったものである。年末から最近(2月中旬)まで結構忙しく、アップに2ヶ月弱かかってしまった。フィルム撮影という今時面倒くさいことを継続するために最も大事なことは「未現像フィルムをためない」ことだと思っている。このブログにUPすることが当面のゴールである以上は、もっとスピーディーにUPしないといけない。

それはともかく、日本のクリスマスが事実上イブで終わるとはいえ、上野・アメ横のクリスマス感のなさは見事であった。既に歳末の大混雑の兆しが見えていて、むしろ日本の年末年始のムードがたっぷりであった。形だけ・雰囲気だけ豪華な日本のクリスマスに辟易としている自分には、これもまた「ちょうどいい」のが、下町である。

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本格的にモノクロフィルムでの街頭スナップを再開して間もなく1年になろうとしている。フィルム撮影は、デジタル撮影に比べてイニシャルコストが安いがランニングコストは高い。両刀使いの自分としては、フィルム代・現像代になるべくお金をかけたくないので、基本フィルムではカラーはやらず、モノクロフィルムの自家現像のみ(コスト面だけでなく、カラーは純粋にデジタルに分があるという持論もある)。また、銀塩プリントはせず、デジタルスキャンとインクジェットプリントで仕上げる(私の腕では今やその方がきれいに仕上がるという現実もある)。もっとも、99%はスキャンしてネットに上げて終わり。プリントまでするのは稀である。

このようなフィルムとの付き合い方で唯一まとまったコストがかかるのは、フィルム代だ。今やアナログレコードのようにマニアックな趣味の領域に固定化された感があるフィルムは、往時に比べて1.5倍から2倍くらい高い。35mmフィルムの36枚撮りが、1本500円〜700円というのが僕の感覚だが、実際には900円〜1200円といったところだ。そこで、少しでも往時のコスト感に近づけるため、僕は学生時代に逆戻りして長巻フィルムを使っている。30.5mのフィルムをフィルムローダーにセットして自分でパトローネに込めていくと、36枚撮りで約20本取れる。僕が常用しているイルフォードHP5プラス(ISO400)とFP4プラス(ISO125)だと、1本あたりのコストは600〜700円となる。

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ただ、このやり方は、色々なフィルムを使いたいという人には向いていない。今の自分の場合は、それほど実験的習作主義ではなく、安定したクラシック品質のフィルムにくっついていたいので問題はない。定番モノクロフィルムといえばTRI-Xなのだが、HP5なのは、単純に今はTRI-Xが高すぎるからである。また、最初はISO400固定でHP5一本だったが、その後、ISO100相当のFP4プラスも併用している。それにはインスタマチックカメラの導入が関係している(それに関する詳しいいことは、【126フィルム インスタマチックでスクエアフォーマット】 ローライ A26復活への道 をご覧いただきたい。今回もローライA26とライカ&コンタックスを併用して撮っている)。

いつも同じフィルムで撮るとはいっても、増感・減感をすることにはやぶさかではないわけで、夕暮れや夜間のスナップではHP5をISO800に増感しているし、A26で撮影する時はFP4をISO64相当に減感している。今回は晴天だったが、ガード脇・ガード下のアメ横はいつも暗いので、ISO200で撮りたかった。HP4(ISO400)を減感するか、FP4(ISO125)を増感するか迷ったが、後者を選択。標準よりも柔らかめのネガか硬めのネガかという選択だったわけだが、増感=硬めはアメ横・上野公園という場所には合っていたと思う。ただし、かなり固い描写をするエルマーM50mmで撮った写真は、特にハイライトの白飛びが粗っぽいレベルまで行ってしまった。それも決して嫌いではないのだが。

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不忍池を経てアメ横に戻る。アメ横センタービル内で、ささやかなクリスマスの残滓を見た。

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【使用機材】
・ライカM6TTL
・エルマーM50mmF2.8
・Mロッコール90mmF4
・コンタックスS2
・ディスタゴン25mmF2.8
・ディスタゴン18mmF4
・ローライA26


      

# by hoq2 | 2017-02-19 16:42 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)

神に近い存在 犬たちに感謝を込めて

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これまで、雑誌やwebの連載で、数多くの犬の飼い主さんに、愛犬に寄せる思いをインタビューしてきました。現在も『THE PAGE』で、「愛犬10年物語」という連載を書かせてもらっています。

本来、取材者はあまり自分のことをひけらかさない方が良いと思います。でも、先日3回目の愛犬との別れを経験し、どうしても書き留めておきたい思いがあり、純粋な気持ちが日常に埋没しないうちに、ここに書くことにしました。

初めての犬を迎えて今年で15年目になります。そのゴースケ(フレンチ・ブルドッグ)は3年前の2014年10月に、近所を彷徨っていたのを保護した老犬の「爺さん」(雑種)はそれに先立つ2010年の1月に、そして、つい先日の2017年2月、実家のマリー(ゴールデン・レトリーバー)が旅立ってしまいました。マリーへの思いは、その翌日にフェイスブックに書かせてもらいました。



FBにも書いたように、マリーは心優しい純真無垢な犬でした。浅間山のふもとの静かな環境で、最初は老夫婦と、後には老母と二人、そよ風に吹かれながら静かに暮らしていました。戦前生まれの両親です。今風の理にかなった躾とは無縁で、色々な人にご迷惑をおかけしたのも事実です。僕はいつもいくつかのことを口を酸っぱくして母に直すよう、やめるよう、指摘してきました。でも、結局みんなが優しく微笑んで許してくれる、誰もが愛してくれる、そういう存在がマリーでした。物事は表裏一体であり、「甘い!」と言いたくなる育て方も、その明るい無垢な性格の背景にあることを、周りの心優しき人々は分かってくれていました。同じ親のもとで育った僕自身、それが母の愛情の寄せ方であり、ある種の正論を凌駕する真心であることは、生涯幸せに満ちた姿を見せてくれたマリーのおかげで今は良く分かっています。

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マリーの亡くなったタイミングの「優しさ」については、FBに書いた通りです。「ずっと一緒にいようね。そのために少しだけ頑張ろうね」というのが、人間の思いです。そういう智慧というか、オトナな部分を交えて生きていくのが人間です。でも、動物たちは「ああすればこうなる」と理詰めで考えて生きているわけではありません。もちろん、マリーも「ママやコースケたちが大変だから、先に行って待っているね」という自覚があったわけではありません。ただひたすら、愛を与えること、受け止めることに純粋で全力だったから、それが自ずと結果に表れたのだと受け止めています。もっと長生きしてもらいたかったという思いは変わりませんし、正直、飼い主としてのさまざまな後悔もあります。でもそういうことが素直に俗っぽいことだと思えるほど、マリーの愛は神に近い所にあります。必然ではなく、自ずと然る。その無為自然な「愛」が、人間界で神と呼ばれるものなのだと、私は思うからです。

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マリーの死に際しては、ほかにも美しい偶然がいくつもあったんですよ。マリーには家族以外にも大好きな人が何人もいたのですが、その一人のトリマーのお姉さんには、なかなか取れない直前の予約がなぜかすんなり取れて亡くなる直前に会えました。また、実は亡くなった原因とは全く別の脂肪腫の手術を直近に予定していたのですが、そのまま全身麻酔と手術を受けていたら、もしかして今回の心臓の出血がその時に起きるという結果が待っていて、僕らは自分や今も大いに信頼している先生を恨んでいた結果になっていたかもしれません。そんな悲しいことを優しいマリーが許すはずはないのです。

火葬の予約の際にも、こんなことがありました。夜中に遺体となって自宅に帰ってきて、母はいたたまれなかったのでしょう。できればすぐに翌日に火葬したいと言いました。僕はその願いを聞き入れて「個別葬で拾骨ができる」ことを条件に、その中で一番うちらしい質素な所を探して朝一番で電話しました。すると、「たった今、別の予約が入ってしまいまして、早くて明日の午前中になります」とのこと。本来ならいったん切って母の意向を聞いたうえで、他も当たるべきでしたが、僕はなぜか2つ返事で「では、明日の午前中にお願いします」と返答していました。母もすんなり、「ああ、良かったね」と言いました。俗っぽい言い方をすれば、もう1日だけうちにいたかったマリーの導きというふうに思います。火葬後、母も「何もかもきれいに済んだね。最後、1日うちで過ごすこともできたし」と言っていました。人間は、なかなか人の本音が分かりませんし、踏み込めません。自分のためというより、僕たちを思うマリーの思いが、これもまた「思いが通じた」というよりは、「自ずと然る」形で現われたのだと僕は強く信じています。

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火葬の帰り道、母と僕と妻、そして、まだ僕たちと現世で寄り添ってくれているマメと4人で街道沿いの宿場町を散歩しました。その宿場町の入り口に神社があるのですが、そこをお参りして街に出る鳥居をくぐろうとした瞬間、多分、僕の体についていたのでしょう、マリーのフワフワな毛が一塊、風に乗って青空に向かって舞い上がっていきました。まるで、4人で心穏やかにまた歩み始めたのを見届けて安心したかのように昇っていきました。これはさすがに僕の思い込みでしょうが、そういう偶然めいたこともありました。

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次の晩、夢というよりは、未明に目が覚めた僕の頭の中にふわっと浮かんだイメージだと言った方が正確かもしれません。春爛漫の木立に囲まれた庭園の白いゲートが開いて、そこをマリーが尻尾を振りながらくぐっていきます。いつの間にか、傍らにゴースケがいて、マリーは優しい目でゴースケを見ていました。ゴースケは一瞬僕の方を楽しげな表情のまま見て、そのまま庭園の奥に入っていきました。そこからちょっとイメージが飛んで、妙に体つきと動きが若返った父が、マリーやゴースケ、他の動物たち(そこに爺さんがいたかは分からないけれど)と楽しげに走っているのでした(笑)。まあ、これは、僕の願望が作り上げたイメージに過ぎないと思います。でも、夜中に自分の妄想で笑顔になれたのも、マリーやゴースケ、爺さんたちの純情ゆえの「自ずと然る」神の配剤的なものだったのだと思っています。

そして、自分で言うのは口幅ったいのですが、今、僕はやっと心が清らかな大人になれたのかな、と思います。純情な犬の心は、現世から去ると、僕たち飼い主の心に宿ります。爺さんからは悟った鷹揚さを、ゴースケからは無垢な感性を、マリーからは純粋な優しさをもらいました。今までは、まだそれらが僕の心の奥から出ることは少なかったかもしれません。今は、3つの魂を明確に感じることができています。そして、もうしばらく、この心のままに4人で現世を歩いていきたいと思っています。

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# by hoq2 | 2017-02-17 13:18 | 日記 | Trackback | Comments(0)

【スノーシュー】2017 1/23 雪深き菅平


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僕が暮らしている信州では、冬、牧場がスノーシューコースとして開放されている。今回2度目の訪問となった菅平牧場もその一つだ。今回は、いつも山歩きに連れて行っているフレンチ・ブルドッグのマメに加え、実家のゴールデン・レトリーバー、マリーも連れて行った。

2016年中は今期も暖冬・雪不足かと、雪を求めて標高2000m以上まで上がったりしていたが、年が明けて1月も半ばを過ぎた頃には十分な積雪となった。この日の菅平もかなりの深雪で、しかも全く足跡のないまっさらな雪であった。スノーシューを楽しむには最高のコンディションである。

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しかし、雪を楽しめるのは、スノーシューを履いている人間と体重の軽いマメだけで、肥満のゴールデンのマリーにとっては、苦行であった。駐車場前でいきなり雪にはまって行動不能に。みんながつけたトレースをズボズボと、一歩ずつかろうじてついてくるマリーであった。

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菅平牧場は、このようにスノーシューのコースとして正式に開放されている。浅間山を望む四阿山・根子岳のふもとのなだらかで広大な雪原。スノーシューの王道を楽しめる場所だ。

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ナンチャッテ冒険家の某氏よりもよほど精悍な表情で雪と戦うマメ。それに対し、某氏ばりにグダグダ感たっぷりのマリーである。道具よりもまずは体重を減らすことが大前提ではあるが、指の間に絡まる雪玉を気にするので、次回からはマメも履いている「PAWZ」を履かせることにした。


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晴れ間が覗いたり、雪がちらついたりする不安定な天気。小一時間歩いて、第一目標のあずま屋が見えてきた。ここでいつもの昼食のマルタイ棒ラーメンを食べるべく、先を急ぐ。

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あずま屋に着くと、急に吹雪いてきた。数日前に同じ長野県内の野沢温泉スキー場でオーストラリア人一家が遭難して雪洞を掘ってビバークしたというニュースがあったが、まさにそんな趣きであった。

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当初は、ここから今まで歩いてきた「白樺ループコース」を出て「パノラマコース」に入る予定だった(上の方の画像の地図参照)が、さっさと食事を済ませ、まっすぐ駐車場に戻ることに。牧場を出て車道を歩く最短コースを選んだ。

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車道を半分ほど進むと雪が止んできたので、再び牧場内へ。

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予定の半分ほどの歩きとなったが、雪の質・量ともに良く、十分に楽しめた1日となった。

【使用機材】
・EOS7D Mark2
・EF-S 10-18mm 4.5-5.6 IS STM
・SIGMA 17-70mm 2.8-4 DC (Contemporary)
・EF-S 55-250mm 4-5.6 STM


                        

# by hoq2 | 2017-02-02 22:44 | 登山・スノーシュー | Trackback | Comments(0)