デジタル化の波に流されてきたもの ライカM6とSummilux 35mm F1.4 (2nd)

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写真のデジタル化の波は、当初考えていたよりもずっと大きなうねりだったと思う。銀塩写真がすっかり過去のものとなった今、振り返るとデジタル化の波に乗れなかった(乗らなかった)仲間がゴマンといる。自分は、1990年代末期の過渡期を真っ先にデジタル化を進めた新聞社の写真部で過ごしたので、ほとんど抵抗なくデジタル写真を受け入れることができた。でも、僕は高校1年生だった1985年ごろに本格的に写真を始めたのだが、同世代の仲間の多くは30歳前後でデジタル化の洗礼を受けている。つまり、デジタル化という写真の一大変革期が訪れた時に社会人として最も忙しい時期に入っていた。学生時代に写真にのめり込み、その後もまだフィルムが主流だった頃は写真趣味を細々とでも続けていた人たちもかなりいたのだが、デジタル化を境に写真そのものから疎遠になったというケースが非常に多いのだ。最近はフィルム未経験者がかえって新鮮に感じてフィルム写真を始めるという一周回ったような状況で、僕のような出戻り組の受け入れ先もあるのだが、出戻るタイミングすらも逸してしまった完全に波に取り残されたロスト・ジェネレーションは確実に存在する。

もっと上の世代の場合は、銀塩写真のノウハウが完全に確立してからの(彼らにとっては)突然のデジタル化だっただけに、どうしてもデジタル写真に対してシンパシーを持てなかったり、今もって頭の切り替えが追いつかないというケースが結構あるようだ。特に写真を仕事にしている人の場合は、デジタルネイティブの若い編集者らと写真そのものに対する向き合い方という根本の部分から話が噛み合わなかったりして、かなり苦労しているという話も聞く。

上の写真のM6とズミルックスは、先日大先輩の写真家からお借りしたものだ。その人も、写真家としてすごい実績がありながらデジタル写真の普及と歩調を合わせるように徐々に写真に対する情熱を失っていき、現在は絵と語りに表現の軸足を移している。このM6は、氏の愛機としてこれまで数々の名作を生み出していて、長年の付き合いがある僕にも馴染み深いカメラだったのだが、先日久しぶりにアトリエにお邪魔した際には無造作に本棚の片隅に置かれ、厚い埃をかぶっていた。僕が埃を払っていじっていると、ご本人も愛着あるカメラがこのまま埃に埋もれていくのは忍びないと思ったのではなかろうか。「好きそうだね。貸してあげるよ」と言ってくれた。それが、この年季の入ったブラックのM6とライカのオールドレンズの中でも特に高値で取引されるズミルックス35mmが今、僕の手元にあるいきさつである。

なにはともあれ、この機会がなければ一生手にすることはなかったであろうこの銘レンズで撮ってみよう。まずはすぐに結果が見たいのでデジタルで。ボディはα7II。フォクトレンダーのVME-Closefocus アダプターで最短撮影距離が1mという本レンズ最大の弱点をカバーしながら、室内や街頭で撮ってみた。

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↑ヘリコイドアダプターの力を借りて0.7mくらいまで寄って開放付近で撮影。後処理で周辺光量落ちを補正し、少しシャープネスも足している。そうした“近代化“を施しても尚残るドリーミーな描写は、かえって味として歓迎できる品のいい収差だと思う(実際、巷ではこれを良しとするか欠点とするかで本レンズの評価ははっきりと分かれるようだ)。1961年の発売以来、1995年の生産中止まで基本設計は変わっていない。この個体は1988年製だが、クラシックレンズとまではいかなくても、オールドレンズのカテゴリに入るのは間違いない。

300年以上前に作られ、数億円の価値があるバイオリンの圧倒的な最高峰と言われるストラディバリウスと、現代の高級バイオリンの音色をブラインドテストで専門家を含む聴衆に聞かせたところ、現代のバイオリンの方が音色がいいと答えた人が多かったというニュースがあった。クラシックレンズ・オールドレンズの世界も同じようなものだ。目の肥えた写真愛好家らにこのズミルックスと現行の同様のスペックのレンズで撮った写真を見せて「どちらが画質がいいか」と聞けば、現行に軍配を上げる人の方が多いと思う。科学的な数値で比較しても、ズミルックス2ndに勝ち目はないであろう。それでも、新品のコシナ製のウルトロンやノクトンよりも中古のズミルックスの方がずっと価格が高い。「ライカ」のブランド力だけではない。数値的な追求ではどうにもならない、下町の中華屋のオヤジが何十年も積み上げてきたラーメンスープのような、時間をかけて自ずと出来上がってきた文字通りの「味」に価値があるからだ。クラシック音楽の世界ほどではないにしても、写真芸術もまた、デジタルな判断だけでは「良し悪し」を決められない。ライカレンズやストラディバリウスの価値には、商業的な仕掛けによる部分も大きいのだが、それを差し引いても、僕は前述のような非科学的な価値観は大切だと思う。

次に、野外の街頭スナップで、F5.6〜11のスイートスポットで撮影してみる。

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多くの場合、ある程度絞るとまともなレンズならば文句のつけようのない描写になるが、このズミルックスは、なんとも言えない立体感に満ちている。ガラスを通した感があるオールドレンズの味を残しつつも、それと矛盾するようなモダンで実に明瞭な描写が共存している。非凡であり、素直に凄みを感じる。後処理の調整ではまかなえない、芯の部分で絶妙に上品なカラーバランスも、国産レンズに対するアドバンテージだと思う。

そして、夕暮れ時に向かって開放からF4でスナップ。

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目をこらしてデジタルな目で見ると甘い部分もあるが、これは「撮り手の腕とセンスが高ければ」という条件つきで「このレンズと心中してもいい」という類いの道具かもしれない。逆に、僕のようにマウントアダプターでソニーのデジタルミラーレスカメラにつけるというなんちゃってな使い方であれば、それを想定して今の時代に作られたウルトロンASPHあたりにしておいた方が良いと思う。つまり、デジタルで使うのならば、やはりライカのボディでないと説得力が出せないのではなかろうか。それくらい、特別感のあるレンズだと感じた。

というわけで、本来的な使い方はやはりモノクロフィルムであろうと、1本撮ってみた。

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ちなみに、ズミルックス35mmはフィルターネジがなく、フィルターは二分割できる専用の12504フードに組み込む方式である。借りた時にはそのフードの先端部がボコボコに変形していて、ネジ山が固着して分割できない状態であった(2枚めのα7IIに装着した写真)。それを解消するために、先端部を気兼ねなくぶつけられる社外品に交換させてもらった(1枚めの写真)。同時に、このフードに組み込めるシリーズVIIのND8フィルターをケンコーに特注した。フィルムのM型ライカは最高速が1/1000で、晴天屋外で開放付近を使うにはNDフィルターが必須。だから、僕はいつもライカでフィルム撮影する際にはNDフィルターを持ち歩く(ただし、今回は曇っていたので使っていない)。

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いやあ、やはりフィルムで撮ってこそである。一言で言えば、ものすごくシャープなのにしっとり感がある。僕は実は長年ライカ嫌いのツァイス派だったのだが、これにはさすがに舌を巻いた。若い頃はこのしっとり感が鼻についたのだが、ツァイス的な頂点ギリギリを目指す危うさがかっこいいと思う年齢を過ぎると、このズミルックスの描写のすごさが分かるようになる。僕は、このブログのタイトルにしているように、字面のごとく真実をそのまま写し取ったもの=「写真」なのではなく、写真とは、現実とは似て非なる「写像」だと思っている。目の前の現実は写像となった瞬間に異世界に変質する。あまりあからさまに変質させた異世界も品がないし、あまりに「写真」的であるのもまたつまらない。このレンズはその点、絶妙な写像を映し出し、心地よい「異世界」を見せてくれる。

もちろん、使う人間あっての道具であり、道具が良いだけではどうにもならない。ゆえに、こういう道具を使える撮り手でありたいと思わせるレンズである。そして、長年このレンズを使ってきた持ち主の力を再認識した。

  

# by hoq2 | 2017-05-10 00:41 | カメラ | Trackback | Comments(2)

サクラチル 等々力渓谷 - ゴミの日の朝に 

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その朝は、資源ごみの日だったようで、春の強風の中をダンボールやらプラスチック屑やらが舞っていた。デジタルカラーでスナップしながら、九品仏の恩人宅から等々力渓谷を目指す。桜散る4月の土曜日。

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友だちの家に泊まった休日の朝は、たいてい晴れていて気だるい。夜遅くまで話をしていたりして、肉体的に疲れていて寝ぼけているのもそうだが、友人宅を辞して1人になった時のふっと気が抜けたような精神状態が余計にそう感じさせるのかもしれない。この「気だるい朝」を迎えた時に何度か街頭スナップを撮ったことがあるが、今回は多分、20年ぶりくらいにその機会が訪れた。この世田谷の南の外れのエリアは、写真を始めた頃と重なる高校1、2年の短い期間に住んでいた場所でもある。その時代を懐かしむ気分も抱えながらの2時間余りの散歩となった。

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二子玉川から多摩川沿いに20分以上歩いた所に住んでいた高校生当時、ぼんやりと部屋の天井の片隅を眺めながら、にわかに写真こそが一生を賭けてやりたいことだと気づいた。長々と語れる理由はなくはないが、それ以上に直感的なものだと言った方がいい。周りは10代特有の勘違い、思いつき、中二病だと生暖かく見守っていたようだが、きっちり30年後の今、このエリアを訪れて当時と変わらない街頭スナップを撮っていることが、その時の直感が間違っていなかったことの何よりもの証明である。

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今回は、2台のボディ(EOS5DMarkIV、α7II)と2本のズーム(Sigma12-24mmF4art、Sony70-200mmF4)と2本の単焦点(Sigma35mmF1.4art、Sigma50mmF1.4art)で、12mmから200mmまでの画角を網羅して撮影している。新聞社のカメラマン出身の僕にとっては、報道カメラマンの基本のボディ2台持ちは全く苦にならない。そのうえで、街頭スナップで持ち歩けるレンズはボディに1本ずつつ+3本の計5本までであろうと思っている。

30年前の自分は、まずタンスの奥にあった父のキャノンFT+50mm&135mmで練習して(本当に自分は写真をやりたいのか確認して)から、二子玉川のカメラのきむら(キタムラではない)で安売りしていたペンタックスMEスーパー+50mm+タムロンの望遠ズームのセットを買って本格的に写真を始めた。そして、奈良原一高とかブレッソン、木村伊兵衛といった人たちを手本に、いわゆる芸術写真を志向した。その界隈では、今も昔も「ライカに50mmか35mm1本」で勝負するとか、ローライ35、コニカ・ビッグミニ、リコーGRなどの「よく写るコンパクトカメラ」一台で撮るとか、ともかくそういうレンズ交換なしの「一本勝負」を良しとする傾向がある。その中にいながら、僕はそこには全くこだわっていない。

ある「画家」を名乗る人物が、僕にこう言ったことがある。「私は女の人の顔しか描けないから、それだけを描く」。確かにその人は人や動物の顔ばかり描いていた。体や手がついている絵も少しはあったが、それは確かにご本人の言う通りのモノであった。さらに言えば得意だという「女の人の顔」も、失礼ながら素人目にも玄人目にも画家を名乗るレベルには達していないのは確かであった。それらの絵が表に出る要素は、絵そのもの以外の所にあって、それ故に痛々しくて見ていられなかった。自分の得意分野に集中して一点突破で作品を作ることは素敵なことだと思う。しかし、「描けない」のと「描かない」のは全く次元の違う話だ。今さら僕などが言うことではないが、あらゆるモチーフを並以上に描けたうえでなければ、誰にも負けない一点突破の得意分野も成立し得ない。これは、写真を含むあらゆることに通じる。もちろん、趣味や気晴らしとして楽しむのなら話は別である。その場合は楽しく好きなようにやるのが一番だ。

レンズの話に戻る。色々なレンズで撮ってきてそれなりの作品を残してきたうえで「一本勝負」をするのと、はなからチャレンジすらしない「一本勝負」はわけが違う。確かにライカM3に沈胴式エルマーかなんかでチャチャッと撮るのはスマートだ。でも、重厚長大な機材を抱えて写真を撮ることを恥ずかしがる必要はない。野暮ったいことを恥ずかしがる方が恥ずかしい。僕は、一本勝負もする(【21st Century Snapshot Man】2016 5/5 伊那・飯田 ぶらり各駅停車ズマロンの旅(前編/伊那)【21st Century Snapshot Man】2016 5/5 伊那・飯田 ぶらり各駅停車ズマロンの旅(後編/飯田 )し、今回のようなあらゆる画角を用意して街歩きをすることもある。どちらも、それぞれの良さがあるが、いつまでも視野を広く持っていたいということだけは強く思っている。そのうえでなければ、得意分野やこだわるべき画角など習得できないであろう。

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写真を始めた当時、最初に写真仲間になったのが尾山台に住んでいた同級生だった。二子玉川の先の僕のマンションと彼の古い大きな一軒家を自転車でお互いに行き来して、写真を見せ合ったりカメラの話をした。その道中に等々力渓谷があるのだが、不思議なことに渓谷を渡る「ゴルフ橋」は何度も通ったが、渓谷に降りた記憶がない。自分でもまさかとは思うが、2017年4月のこの日が等々力渓谷の初見である可能性が高い。

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渓谷を抜け、尾山台の高台に戻っておぼろげな記憶を頼りに友人宅を探してみることにした。古いがなかなか立派な木造の平屋建てで、友人の部屋の窓から近くの名門女子高の校舎や多摩川が見下ろせた。その借景のある家を探したのだが、記憶にあるその風景はあったものの、家が一致しない。それらしき一角に更地が一区画あったので、もしかしたらそこだったのかもしれないと思いながら、撮影を終えた。ふいに、その友人宅でお母さんがとってくれたカツ丼大盛りの味を思い出し、昼食は尾山台駅前の蕎麦屋でカツ丼にした。

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【使用機材】
・Canon EOS 5D MarkIV
・Sigma 12-24mm F4 art
・Sigma 35mm F1.4 art
・Sigma 50mm F1.4 art
・Sony α7II
・Sony FE 70-200mm F4


     

# by hoq2 | 2017-05-09 00:08 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)

【21st Century Snapshotman】2017 2/11 板橋・西台 パワースポットの私的考察

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高台にある町には、何か不思議な引力がある。子供の頃から、遠くに「山」が見えるとそこに行きたくなる衝動にかられる。この場合の「山」とは、せいぜい町中の高台のことである。例えば、高校1年の時、多摩川の土手を友人と歩いていて、対岸の川崎側に竹藪の間から家が見え隠れしているような「山」が見えた。「あそこに行ってみよう」と、2時間ばかりかけて歩いて行った先は登戸の住宅地の一角であった。派手に冒険心をくすぐるような場所ではなかったが、どん詰まり(頂上)の鉄塔に到達して我々は地味に満足であった。長野県に住んでいる今はどこもかしこも本物の山だらけで、よく犬連れでトレッキングをしているが、上記の町中で「山を目指す」という衝動は「そこに山があるから登る」という冒険家的習性とはまた別の、おそらくは他の人にはあまりない私的な習性である。

今回も、板橋区内の仕事先の帰り、「山」が見えたので自動的に目指した。引き寄せられる方へ引き寄せられる方へと歩いた結果、あとで地図を調べてみると「板橋区西台」一帯をぐるりと周遊したことになる。

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都会の「山」の頂上には、なぜか竹藪がある。現代的な様相に宅地開発化される前の名残であろうが、僕にとってはムードを駆り立てる要素だ。都会のエアポケットのような、やや奥まった場所。駅から徒歩15分以内の都会ではあるけれど、急坂を登らなければたどり着けないという不便さを抱えているためか、ローカルな要素であったり時代に取り残された要素が点々と残る。僕が写真に写し込みたいのは、そういうものとその空気感である場合が多い。竹藪は、その代表的な分かりやすい例だ。だから「山」を目指すのだろう。

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街中の山道に刻まれた「〇〇〇」の紋様にも、妙に引き寄せられる。何か幼児期の記憶と強く紐付けられているようで、強い懐かしさを感じるのだ。このすべり止めの意味でついている「〇〇〇」が刻まれた道路は、今も新たに作られているのだろうけれど、昭和の時代の方がポピュラーだったと思う。幼児期は都内のちょっとだけ高台にあった団地からいったん川沿いに下りてまた坂を登った所にある幼稚園に通っていたので、「〇〇〇」の道を毎日歩いていたのだと思う。子供の身長だと地面が近いので、今もビジュアルとして思い出す幼児期の記憶として「〇〇〇」が強く印象づけられているのだろう。

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さて、西台の“山頂”の中心地には天祖神社という神社があった。<「〇〇〇」の坂を上って竹藪を横目に進むと神社があるーー。>と言うと、いかにもパワースポット的ではないか。いや、僕はオカルトの信奉者ではないし、軽薄な観光ビジネスに乗るほど純情ではない。だが、「山」に引きつけられたり、都会のエアポケットを彷徨うのを好む程度にはロマンチストであり、世間の受け止め方とはずれているかもしれないが、パワースポットの存在自体は認めている。

この天祖神社は、成立年代は不明で、円墳の上に立っているという説もあるそうだ。そもそもそれを喧伝している人々が色々な思惑を持っている「パワースポット」には、明確な定義はない。マスコミでもてはやされている霊能者がそう言っているからとか、広告代理店に勧められて町の観光協会がそう言い始めたとか、その程度のものである。西台の「山」が古墳だったという説は、確かにこの地に引き寄せられ、一種独特な空気に触れながら神社に辿り着いた身としては、なるほど、そういう霊性を感じる土地であることは認めざるを得ない。でも、実際のところは、古の王の霊がどうのこうのというよりも、人間の本能がパワースポットを作り上げているのではなかろうか。人の心は、起伏のてっぺんや底といった「僻地感」や「突端感」に引き寄せられるようにできているのではないか。よく岬めぐりをする人がいるけれど、その心理に近い本能だと言えば分かりやすいだろうか。

つまり、パワースポットとは「スポット(場所)」の方に「パワー(力)」があるわけではなく、人の本能の方にその源があるのではないかと僕は考えている。「人の本能が勝手に反応して引き寄せられる場所」がパワースポットなのだ。特に日本人は自然=土地を信仰する民族だから、結果的にそこに神社を建てたりする。だから、場所の方に力があるのだと思わされやすいが、人の心の中にこそパワーが秘められているのだ。

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天祖神社から南へ下っていくと、仁王像が睨みをきかせる圓福寺を過ぎ、交番があるあたりの東側が崖になっていて、谷底が見える。その斜面にへばりつくような感じで、青白橙黃緑の五色幕がたなびくお堂が見えた。「山」から「下界」に降りる長い滑り台のある公園を通って、一旦谷底へ。少し歩くと新築の住宅と朽ち果てた古い木造の“お化け屋敷”の間に人がやっとすれ違えるくらいの参道がある。そこを抜け、崩れそうな急な階段を登りきった所に「西台不動尊」が建っている。お堂を戴くささやかな斜面には、もう梅と水仙が咲いていた。普通の住宅地にポツネンと佇む異空間である。ここに至り、僕の本能はこの一帯を完全にパワースポットに認定していた。

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今回使ったのは、ライカ(M6TTL)に28mm、50mm、90mm。パーフォレーションのある「ましかく写真」は、いつものようにインスタマチックカメラで撮っている。ただし、街頭スナップで135フィルムとの混ぜ撮りをする際にいつも持ち出すポケットカメラのローライA26ではなく、レンズ交換式一眼レフのローライフレックスSL26である。こちらはおもにフォトエッセイの仕事用に使っているが、フィルムの詰め替え方でまだ試行錯誤している部分があり、今回はテスト的に持ち出した。

ライカの28mmと90mmはいつものツァイス・ビオゴンとミノルタ・Mロッコールだが、50mmはいつものエルマ−MではなくLマウント・キャノンの50mm1.8(セレナー銘と同レンズ)を使った。この50mm1.8はなかなかの名玉で、21世紀のレンズであるビオゴンやフィルムカメラ円熟期のMロッコールとこのように混ぜて使用しても、全く違和感がないことと思う。もちろん、デジタル暗室での画像調整込みでそうなっているわけで、素では他の2本に比べてクラシックな柔らかい描写をする。しかし、キャノンらしい優等生タイプなので、使い方と画像調整の仕方しだいで趣味的なクラシック・レンズとしても、実用的な「普通の標準レンズ」としても使える。今回はレンズを味わう的な趣味性が出る開放付近の使用を避けて、後者の使い方をしている。

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西台不動尊の参道を引き返し、あらためて坂を上がってから、眼下の首都高に向かって「西台の山」を後にした。最後に撮ったカットも、最初と同じ「竹藪」であった。

【使用機材】
・Leica M6TTL
・Carl Zeiss Biogon 28mm F2.8
・Canon 50mm F1.8 (Lマウント)
・Minolta M-Rokkor 90mm F4
・Rolleiflex SL26
・Pro-Tessar 40mm F2.8



     

# by hoq2 | 2017-03-05 17:58 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)

フレンチ・ブルドッグとプアマンズ・ライカと歩く金沢

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1月中旬、出張ついでに金沢観光をした。とはいっても、仕事優先の日程なうえ犬連れ(フレンチ・ブルドッグの「マメ」)なので、観光というよりはいつもやっている「カメラを片手に散策」の延長である。初日の夕方に長町武家屋敷界隈を小1時間、金沢港のペットと泊まれる宿に一泊した翌朝に、醤油製造や海運で栄えた大野の海辺の街並みを散策した。

カメラは、デジタル街頭スナップで最近お気に入りの「プアマンズライカ」。要は、α7IIにライカMマウントアダプターをつけて、ライカ用レンズ(僕の場合はツァイス・ビオゴン28mmF2.8ZM、ライツ・ズマロン35mmF3.5、ライカ・エルマーM50mmF2.8、ミノルタ・Mロッコール90mmF4)で撮影する。これを最初に試みたリンク先の「信州・和田宿」での撮影の後、マウントアダプターは中華製の激安品から、コシナ・フォクトレンダーのVM-E Closefocusアダプターに更新した。「プアマンズライカ」を主力機材の一つとして使っていこうと決めた以上、その要となるマウントアダプターはしっかりとした品質のものにしなければなるまいし、レンジファインダーカメラ・レンズの欠点である最短距離の長さをカバーできるというヘリコイド付きアダプターのメリットは非常に大きいと考えたからだ。今回も、下の3枚のようにマメのアップや旅先のグルメを撮るのに重宝した。最短が1mのズマロン(1枚目と2枚目)でも、一眼用35mmレンズ並みの最短45cm程度、ビオゴン28mm(3枚めのカニの写真)では21.2cm(元レンズは50cm、なおかつM型ライカボディでは距離計は70cmまでしか連動しない)まで寄れる。

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金沢には何度か立ち寄ったことはあるが、しっかり目指して行くのは初めてだ。長野県の軽井沢近くの実家から上信越道・北陸道と乗り継いでゆく。このルートの冬は、新潟県境手前からかなり雪深い。この日もしっかりと雪が降り積もっていて、車の選択をジムニーにしたのは大正解であった。

雪の高速の運転は緊張するが、無事積雪エリアを過ぎて海沿いの北陸道へ。富山県の魚津で一旦高速を降りて、港で海鮮丼を食べた。

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冬の金沢の風物詩と言えば、庭木を雪の重みから守るための「雪吊り」が有名だが、武家屋敷街の土壁を雪や雨から守るための「菰掛け(こもかけ)」というのは、今回初めて知った。土蔵を藁のムシロのようなもので覆うのだが、「雪吊り」と共に、水分を多く含んだ重い雪が降る北陸ならではの工夫だ。同じ積雪地でも、気温が低く、粉雪が多い信州では、少なくとも僕の生活基盤がある蓼科・諏訪地方や軽井沢方面では見られない。

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15年ほど犬と暮らしているが、「ペットと泊まれる宿」は初めてである。その代わり、テント泊2回、車中泊は5、6回はあるだろうか。そもそも今回も出張ついでであるように、純粋なレジャー目的の家族旅行をする余裕がない。でもその分、フリーランスの自由を生かして人がレジャーに来るような清涼な山の中に暮らしている。旅先から帰ってくると、いつも「でも、結局うちのあたりが一番いいよね」となるのも事実なのだ。そうは言っても、「みんなで宿に泊まる」という経験はやはり一生の思い出になった。部屋も完全なプライベート空間だったので、マメも全くストレスなく一晩を過ごせたようだ。

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宿は金沢港の一角の醤油製造が盛んな「大野」という港町にあった。鄙びた漁村かと思いきや、武家屋敷街に劣らない立派な古い木造の日本家屋が並ぶ。近年あまりお目にかかったことのない、豊かさを感じる港町であった。

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マメにとって良かったのは、この日の金沢は信州に比べて圧倒的に温かかったことだ。雪が降るというだけで北陸は寒いというイメージがあるかもしれないが、寒冷地では「雪が降ると温かい」と言うくらいだ。冬にしてはしっとりとした湿度もあり、ビル風吹きすさぶコンクリートジャングルの東京よりも、体感はかえって温かいかもしれない。

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物事の普遍性こそが、善きものだと考えている僕は、どこへ行っても同じような写真を撮りたい方だ。もちろん、その土地土地の特徴的な風物や空気感を写し取ることにもやぶさかではないが、同じようなものを撮ったとしても、それは自然に写し込まれるものである。土地の固有の歴史とか、空気の臭いとか、日差しの違いとか、そういう「目に見えないもの」だと思われているものも、実はちゃんと目に見えるし、レンズという冷たい機械の目を通してでも、フィルムやセンサーにしっかりと焼き込まれるのだ。だから、僕は写真という表現を肯定的に信じているし、「本当に大事なものは目には見えない。写真にも写らない」というのは、カッコつけの芸術家気取りの戯言だと思っている。

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高台にある神社と公園に登った。僕は可能な限り、その日歩いた町を少し高いところから俯瞰するようにしている。そうすることで、何かその町を自分の中に温かく抱え込めるような気がする。

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最後にもう一度海辺を少し歩いてこの町と別れた。これまであまり撮ってこなかった「海辺の街頭スナップ」にもっと足を踏み入れたくなった。その相棒はまた、このプアマンズライカになるだろう。

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【使用機材】
・Sony α7Ⅱ
・Voigtlander VM-E Close focus adapter
・Biogon 28mmF2.8 ZM
・Summaron 35mmF3.5
・Elmar-M 50mmF2.8
・M-Rokkor 90mmF4


        

# by hoq2 | 2017-02-27 18:15 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)

【21st Century Snapshotman】2016.12.25 クリスマス・デーのアメ横・上野公園 


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アメ横に初めて行ったのは、ミリタリー少年だった小5か小6の頃だ。お目当てはもちろん、中田商店で、初めて買ったのは弾痕のような穴が空いた米第1騎兵師団のウールジャケット(500円)だったように記憶している。近隣には、僕のソウルフード(札幌ラーメン「えぞ菊」の味噌)もあるので、東京を離れた今もアメ横にはちょくちょく立ち寄る。

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ここは、街頭スナップの舞台としても僕の定番である。特に、街頭スナップの一ジャンルと言えるほど、これまた定番化している「群衆」を撮る場所として、真っ先に候補に上がるのがここだ。あるいは、一般的には渋谷のスクランブル交差点もまた群衆撮影の定番であろうが、僕は新聞カメラマン時代に命じられて撮った以外には「渋谷の群衆」を撮ったことはない。渋谷は幼少時に過ごした町のターミナル駅で、上野は10代後半以降に過ごした町のターミナルである。どちらにも愛着はあるのだが、今現在現実として目の前に現れる人々や風俗に肯定感や愛情・愛着を感じるのは、スクランブル交差点やセンター街よりもアメ横や上野公園の方である。それにはたいした根拠はなく、個人的な感覚の問題に過ぎない。

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昨今の東京都心はどこへ行っても外国人観光客が多いが、アメ横に限っては、国際色豊かなのは昔から変わらない。観光客よりも、在住外国人の日常の買い出しが多いという印象も、今も昔もあまり変わらない。僕は生まれがビルマ(ミャンマー)なのだが、記憶には全く残っていないものの、大人になってから何度か訪問したことがある。アメ横へのある種の共感は、そこからも来ているかもしれない。

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今回の写真は昨年(2016年)の12月25日、クリスマス・デーに撮ったものである。年末から最近(2月中旬)まで結構忙しく、アップに2ヶ月弱かかってしまった。フィルム撮影という今時面倒くさいことを継続するために最も大事なことは「未現像フィルムをためない」ことだと思っている。このブログにUPすることが当面のゴールである以上は、もっとスピーディーにUPしないといけない。

それはともかく、日本のクリスマスが事実上イブで終わるとはいえ、上野・アメ横のクリスマス感のなさは見事であった。既に歳末の大混雑の兆しが見えていて、むしろ日本の年末年始のムードがたっぷりであった。形だけ・雰囲気だけ豪華な日本のクリスマスに辟易としている自分には、これもまた「ちょうどいい」のが、下町である。

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本格的にモノクロフィルムでの街頭スナップを再開して間もなく1年になろうとしている。フィルム撮影は、デジタル撮影に比べてイニシャルコストが安いがランニングコストは高い。両刀使いの自分としては、フィルム代・現像代になるべくお金をかけたくないので、基本フィルムではカラーはやらず、モノクロフィルムの自家現像のみ(コスト面だけでなく、カラーは純粋にデジタルに分があるという持論もある)。また、銀塩プリントはせず、デジタルスキャンとインクジェットプリントで仕上げる(私の腕では今やその方がきれいに仕上がるという現実もある)。もっとも、99%はスキャンしてネットに上げて終わり。プリントまでするのは稀である。

このようなフィルムとの付き合い方で唯一まとまったコストがかかるのは、フィルム代だ。今やアナログレコードのようにマニアックな趣味の領域に固定化された感があるフィルムは、往時に比べて1.5倍から2倍くらい高い。35mmフィルムの36枚撮りが、1本500円〜700円というのが僕の感覚だが、実際には900円〜1200円といったところだ。そこで、少しでも往時のコスト感に近づけるため、僕は学生時代に逆戻りして長巻フィルムを使っている。30.5mのフィルムをフィルムローダーにセットして自分でパトローネに込めていくと、36枚撮りで約20本取れる。僕が常用しているイルフォードHP5プラス(ISO400)とFP4プラス(ISO125)だと、1本あたりのコストは600〜700円となる。

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ただ、このやり方は、色々なフィルムを使いたいという人には向いていない。今の自分の場合は、それほど実験的習作主義ではなく、安定したクラシック品質のフィルムにくっついていたいので問題はない。定番モノクロフィルムといえばTRI-Xなのだが、HP5なのは、単純に今はTRI-Xが高すぎるからである。また、最初はISO400固定でHP5一本だったが、その後、ISO100相当のFP4プラスも併用している。それにはインスタマチックカメラの導入が関係している(それに関する詳しいいことは、【126フィルム インスタマチックでスクエアフォーマット】 ローライ A26復活への道 をご覧いただきたい。今回もローライA26とライカ&コンタックスを併用して撮っている)。

いつも同じフィルムで撮るとはいっても、増感・減感をすることにはやぶさかではないわけで、夕暮れや夜間のスナップではHP5をISO800に増感しているし、A26で撮影する時はFP4をISO64相当に減感している。今回は晴天だったが、ガード脇・ガード下のアメ横はいつも暗いので、ISO200で撮りたかった。HP4(ISO400)を減感するか、FP4(ISO125)を増感するか迷ったが、後者を選択。標準よりも柔らかめのネガか硬めのネガかという選択だったわけだが、増感=硬めはアメ横・上野公園という場所には合っていたと思う。ただし、かなり固い描写をするエルマーM50mmで撮った写真は、特にハイライトの白飛びが粗っぽいレベルまで行ってしまった。それも決して嫌いではないのだが。

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不忍池を経てアメ横に戻る。アメ横センタービル内で、ささやかなクリスマスの残滓を見た。

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【使用機材】
・ライカM6TTL
・エルマーM50mmF2.8
・Mロッコール90mmF4
・コンタックスS2
・ディスタゴン25mmF2.8
・ディスタゴン18mmF4
・ローライA26


      

# by hoq2 | 2017-02-19 16:42 | 写真(Street Snap) | Trackback | Comments(0)